伸びやかに四肢を広げて、全身で喜びを表す仔竜。
ここしばらく見ていなかったとびきりの笑顔が見られて私も嬉しい。
願わくば、ソラよ。その笑顔を私に向けてくれないか。
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ドラゴンキッズのソーラドーラは、訳あって私がアンルシア姫から預かり育てている魔物である。
今日はヴェリナードとグランゼドーラの合同演習ということで、私も久しぶりに姫と対面することになった。
盟友殿と数々の試練を潜り抜けてきたと噂される勇者姫の面持ちは、心なしか、たくましくなったように見える。
とはいえ、今は仔竜との再会を喜ぶ一人の少女だ。
「まあ、こんなに大きくなって!」
そう思うなら軽々と抱き上げるのはどうかと思うのだが。
ソラはソラで鼻先を姫の頬にこすりつけて鼻の下を伸ばしている。勇者姫に憧れる世の男どもが見たなら、その席を代われと押し寄せてくるかもしれない光景だ。
出会ったころから、ソラはこの王女に非常によくなついている。
私には未だ笑顔一つ見せてくれないというのに……もちろん、餌を持っている場合は別だ。
再会の喜びをひとしきり分かち合った後は、訓練の時間。私とソラも王女に随伴し、いくつかの戦いを共にした。
我々が挑んだのは、人呼んで王家の迷宮。
普段は勇者と盟友だけが探索を許されるというそれは、迷宮と呼ぶにはあまりに広大で、しかし奇妙な閉塞感が常に漂う、不可思議な空間でもあった。
語るに値することがいくつもあったのだが、今は省く。今回は、それが本筋ではないのだ。
事件が起きたのは、訓練が終わった後のことだった。
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「ねえ、ミラージュ」
と、勇者姫が声をかけてきた。腕の中にはぐったりとした表情のソーラドーラを抱えている。彼には、この訓練はかなりこたえたらしい。
「聞いたことがあるんだけど、ドラゴンキッズって、大きくなれるんでしょう? 確か……」
「コドラゴラム、ですな」
一部のドラゴンキッズが得意とする巨大化の術である。
その原理は全くもって不明。摩訶不思議な術である。質量はどこから飛来するのか? ドルワームの研究院も頭を抱える難題だ。
別段、ドゥラ院長に遠慮しているわけではないのだが、魔法戦士の私が常に傍らにいることもあって、ソーラドーラにはこの術を習得させていなかった。わざわざ巨大化せずともバイキルトの一言で事は足りる。
……が、興味がないわけではない。
同じくドラゴンキッズを育てた友人の証言によれば、想像以上に巨大な姿に変わるのだとか。
折も折、迷宮での修業により、ソラも少しは成長したはずだ。今ならば可能かもしれない。
「やってみるか、ソラ」
ぐるぅ……。喉を鳴らすような低い唸りで仔竜は私に返事をすると、姫の腕の中から飛び降りた。
「まあ……」
興味津々の少女の瞳で王女は仔竜の傍らに寄り添った。
ソラは寝そべっていた体を起こし、今度は体中の息を吐きつくすような高い唸り声と共に体を震わす。
そして大きく息を吸い込んだ。
空気を喰らい、大気を取り込み、精気は膨れ上がらんばかりに身体に張り詰める。
翼はピンと天を指し、鱗の一枚一枚が逆立った。
言葉にならない叫びが鳴り響く。
一瞬の閃光。
勇者姫も息をのむ。
次の瞬間、私は我が目を疑った。
「こんなことが……」
勇者姫でさえ、そう呟くのが精いっぱいだった。
心の準備はしていたはずだった。
だが、その巨大さは予測をはるかに超えていた。
まさか、ここまでとは。
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予想だにしていなかった。
「凄いわ! 空まで飛べるなんて!」
まったく、私も勇者姫と同感だ。
ソラにこんな力が秘められていようとは……
だが次の瞬間、雷鳴のような怒声が空を裂いて鳴り響いた。
「ヴェリナードの魔法戦士! これはどうしたことだ!」
地上を見下ろす。妙齢の……少なくとも見た目は妙齢の……淑女が険しい表情でこちらを見上げていた。
賢者ルシェンダ。
一体、何が彼女の逆鱗に触れてしまったのだろうか。ソラは、キョトンとした顔で首をかしげた。
地上に戻った私を、苦虫を噛み潰したような顔の賢者が待っていた。