結論から言おう。結果は惨敗だった。
三色の翼が入り乱れる混戦の中、私は味方の位置を失い、飛竜が翼をはためかすたびにソーラドーラはころころと転がされた。
いかに竜とはいえ、まだ子供。魔法使いや僧侶以上に打たれ弱い彼なのだ。回復すら間に合わない。
リルリラも最近、腕を上げてきたとはいえ、タフな方とは言い難い。この乱戦には耐えられなかった。
唯一、酒場で雇ったもう一人の僧侶は孤軍奮闘してくれたのだが、それにも限度がある。
魔法戦士である私は、その性質上、味方が立っていてこそ力を発揮できる。この状況では右往左往するばかりだった。
こうして挑戦は散々な結果に終わった。
「よかったではないか」
と、賢者ルシェンダは言う。
「そのドラゴンキッズが二度と飛竜の姿にならなければ、それで許してくれるというのだろう? 交渉の結果としては上出来だ」
賢者の執務室。私の報告を聞いた賢者殿は平然としてそう言った。
竜の長が下した裁きは、彼女の言った通りのものだった。寛大と言えば、確かに寛大である。敗者である我々は、それを受け入れるしかない。
「敗北を恥じることは無い。勇者の盟友ですら、必死の戦いの末、ようやく認められたのだからな。一介の魔法戦士には荷が重すぎたのだよ」
言いながら手元の記録帳になにがしか書き込むと、パタリと閉じ、こちらを一瞥した。
竜の長が、私を見る時の目によく似ていた。
跪いたまま、拳を握りしめる。
「お言葉ですが、賢者殿」
私は痛む体を起こし、賢者の瞳を見返した。
「私もヴェリナードの魔法戦士。母国の名誉を背負っております」
ム……と、賢者ルシェンダの表情が歪んだ。明らかに、余計なことを言ってしまった……という顔だ。
「ヴェリナードの魔法戦士が勇者の盟友にも劣らぬ戦士であること、ひと月の後に証明して御覧に入れましょう」
溜息。賢者は首を振る。
「長を刺激したくないのだがな……」
「勝てば、よろしいのでしょう?」
「熱くなるタイプだな、お主」
「失礼」
踵を返し、私は部屋を出た。
確かに、熱くなっていた。
だが、自分だけの感情で再挑戦を決めたわけでもなかった。
ジュレットの自宅に戻ると、ソーラドーラが玄関脇でうずくまっていた。
声をかけてもチラリとこちらを振り返るのみ。
もう治療は済み、大方の傷は癒えたはずだが、あの戦いからこちら、ずっとこの調子である。
「いじけてるニャー」
ニャルベルトが杖で小突くが、振り向きもしない。翼を閉じて眠ったふりの仔竜だった。
「そんなに悔しいニャ?」
負けたことが悔しい、それもあるだろう。
だが、それ以上に、ソラなりにことの成り行きを理解しているに違いない。
飛竜となり、勇者と共に戦う。姫のことが好きでたまらないソラにとって、大空は憧れの世界だ。
一つの敗北は、彼の夢への道を閉ざしたのみならず、彼の心をも閉ざしてしまったようだった。
ソラの世話を姫から任されている身として、これを放っておいて良い法は無い。
「勝てばいいのだろう」
賢者に告げたのと同じ言葉を私が再び口にすると、仔竜の翼がピクンと揺れた。
勝機はある。
リルリラには留守番にまわってもらい、一流の僧侶を二人雇う。これだけでもかなり違うはずだ。
さらに、飛竜の猛攻に耐えうる屈強な戦士、もしくは敵を一喝して怯ませる武闘家あたりを入れれば、戦局はかなり安定するはずだ。
が、しかし。
私はドラゴンキッズの角を掴み、ぐっと顔を引き寄せた。
「ソラよ、お前は外さんぞ」
仔竜が瞳を開く。私は瞳に力を込め、正面から彼と向き合った。
「私が魔法戦士として戦うことに拘るように、この戦いはお前と共に戦わなければ意味がない。わかるな?」
ソラは、少し驚いたような表情で私を見つめ返すと、何度か瞬きし、そして理解したらしい。瞳に強い光が宿る。
互いに初めてみせる表情で頷き合った時、再挑戦の編成は決定した。
「なら、特訓だニャ」
ニャルベルトがニヤリと笑う。私が頷きを返した瞬間、ヒョイとソラの身体が跳ね上がり、やがてしきりに腕を振りまわり始めた。
もしや、これは素振りのつもりか?
苦笑交じりに頭をなでてやる。
悪いが、その程度の特訓ではまだまだ足りない。
私もソラも、徹底的に鍛え直す。
その日から、私とソラはレンダーシア北部、ワルド水源に泊まり込むことになった。
冒険者の修業場として知られるこの地で、来る日も来る日も修練に明け暮れる。
そしてひと月の後。
夕映えに燃えるドラクロンの地に、一人の魔法戦士と、一匹のドラゴンキッズの姿があった。