
月下、風は烈風。
山頂へたどり着いた我々を迎えたのは月光と、闇の中に浮かび上がる白いシルエットだった。
「下賤な小魚が一度ならず二度までも、神聖なる竜の聖域を汚すとはな」
白い影が翼を広げる。竜の長が苛立った顔を向けた。
低く、良く響く声が我々の肉体を震わせる。
「何をしに来た。また叩きのめされたいか!」
私が一歩前を踏み出し、口を開く……より先に、飛び出した金色の影があった。
月に吠える。白竜の前に躍り出たのは、ドラゴンキッズのソーラドーラだった。
巨竜の瞳がじろりとそれを見下ろす。白い翼がはばたくと、小柄な肉体を風が襲う。
負けじと翼をはためかせながらソラは喚き続けた。
「……フン、仮にも竜の一族が、そんな小娘のために挑んでくるとはな」
なんと、竜の長にはソラの言葉が分かるらしかった。……いや、よく考えてみれば、むしろ当然か。
ソラを見る長の瞳に、少しだけ温かいものが宿ったように見えた。
やんちゃな甥っ子を見守る大人の視線に、それは似ていた。
「それで」
と、私に向き直った時、その瞳には再び冷たい輝きが宿っていた。
「貴様はどうなのだ、小魚よ。貴様も勇者のためか?」
問われて私は小さく笑みを漏らす。
その通り、と言えばいかにも英雄然として、さぞ格好いいのだろうが……
「この場合、違う、と答えるのが誠実なのだろうな」
「ならば何だ。ただの意地か。それともこの仔竜の付き添い人にすぎんのか」
答えの代わりに、私はふところから前回と同じものを取り出した。
長が怪訝な表情で覗き込む。そして呆れと驚きの入り混じった、何とも言えない表情であんぐりと口を開けた。
「……何の冗談だ、魚」
「冗談のつもりは無いのだが……」
鼻先に突き付けたのは、女王様サブレ。
女王陛下のご尊顔が刻まれた菓子折りをしっかりと見せつけた後、そっと背後に置く。代わりに取り出すのは、剣と盾。
「ボロボロに割られたサブレの意趣返しだ。ヴェリナードの魔法戦士として、挑ませて頂く」
ソーラドーラも爪を構える。酒場で雇った一流の僧侶が二名、その後ろに控える。
「フン、小魚の価値観は不可解だ」
竜の長は手を振り上げ、三匹の飛竜を呼び出した。
赤、青、黄。三色の翼が再び我々の前に姿を現す。
六つの竜眼が獲物を見定める。
風が走る。緊張が胸を突き抜けていく。
「そう何度も貴様らの相手をするほど暇ではない。これが最後だ。……小さき者よ」
白竜は宣言した。
「命を賭けて、挑んで来い!」
戦いが、始まった。