空は快晴、風は緩やか。かつて隆盛を誇ったのであろう文明の夢の跡に、今も変わらず磯の香りが流れ着く。
手元のガイドブックによれば、ここは遺跡の眠る島として知られているらしい。海が荒れ始める前に描かれたものだから、このガイドブックもかなり古いものだが、どうやらその情報は正確だったようだ。
天馬の行方を追い求め、黄色い竜の背に乗って。レンダーシア内海の探索を開始した我々が最初に訪れたのが、このマデ島だった。

遺跡の頂点部分に着陸したソーラドーラは元の姿に戻ると、クンクンと潮の匂いを嗅ぎながら、もの珍しそうにキョロキョロと辺りを見回した。
私とリルリラは屋根から飛び降り、さっそく調査を開始する。まずは、この遺跡がどういう遺跡なのかを知りたいところだが……。
目につくのが建造物の表面に刻まれた模様だ。
「随分変わった模様だね」
と、リルリラが言った通り、我々にとっては見なれない装飾様式である。
黒光りする石材の表面に、よく磨かれた正方形のタイルをいくつも並べて線を引くような独特の装飾が施されており、遠目に見ると鎖が巻き付いているようにも見える。
石柱にびっしりと敷き詰められた幾何学模様は、文字のようでもあり、図形のようでもあり、しいて言えばアルハリのピラミッドで見た象形文字に通ずるところがあるが、あれに比べるとずっと記号的だ。内海諸島では、大陸本土とはまた違った文明が栄え、そして滅んだのだろう。
長年の潮風に半ば崩れ落ちてはいたが、堅固な石造りの建物はそれでも懸命に、在りし日の名残を今日の時代に伝えていた。失われた文明の、最後の証人のように。
「考古学者にはこれもお宝だろうな」
幾何学模様をなぞって呟く。私も太古の神秘に興味がないわけではない。が、今日の目的は勇者とその盟友が探しているという天馬の情報を得ることだ。
伝説の存在だけに、遺跡の島にこそ、手掛かりがあるのではないかと期待していたのだが……。
「うーん」
空中に頬杖をついてリルリラは首をひねる。
「あったとしても、沈んじゃったかもね」
海面を見つめて呟くエルフの言う通り、建物の半ばは形を保ったまま海中に沈み、立ち入ることも不可能となっていた。
私は海面に顔を近づけ、沈んだ遺跡を覗き込んだ。

内海の澄んだ水は私の視線を遮らず、揺蕩う波は雲間から差し込んだ光と共に、海底に潜む遺跡の壁を静かに揺らめかす。幻想的な光景だ。
一瞬、素潜りで探索してみたい衝動に駆られる。ウェディの私なら不可能ではない。
通路や階段、扉に部屋。ひょっとしたら中庭。
立って歩くことを想定して作られた建物を泳いで探索する。想像してみると、これがなかなか楽しい。面白い景色と巡り合えそうなアイディアだった。
もちろん、溺れ死ぬリスクと隣りあわせではあるが。
「ウェディでも溺れるの?」
指先で背びれを突っつきながらリルリラが言う。
「エルフだってガケから落ちるだろうが」
羽をつまもうとして、ひらりと身を翻された。僅かにホバリングして、着地。舌を出す。
「ま、私たちが考えてもわかりそうにないし、古代文明のことはリカ先生にでも期待しようよ」
リラはそうまとめた。
リンジャの塔で悪戦苦闘中の考古学者、ヒストリカ女史のことである。
彼女が専門としているのはリンジャハル文明の研究だが、これまでの研究により、ジャハルとエテーネの間に交流があったことが解明されている。
いつか、彼女に頼まれた冒険者たちが内海の島々を訪れることもあるのだろうか?
できれば、その際、海底探索もやってみたいものだ。