引き続き、孤島の修道院にて。
地図を片手に、私は首をひねっていた。
海に四方を守られたマデ島の地理を思うたび、シスターたちはどうやってこの島までやってきたのか、という疑問がわいてくる。
おそらく海が荒れる前は海路が機能していたのだろうが、内海沿いには滅びたリンジャハルを除けば、これといった港町もない。
内海と交流のありそうな拠点と言えば、ワルド水源、湖上の休憩所ぐらいのものだが……あれも船を出しているようには見えない。
「あのウォータースライダーで勢いよく飛んで来たとか」
リルリラが無茶を言った。
その光景を想像すると、とても愉快な絵が浮かんでくることになる。面白い発想ではあるが、この修道院にいるシスターたちにその芸当は不可能だろう。
そう答えると、リルリラが口を尖らせた。
「でも樽に乗って海を漂流したシスターの話だってあるじゃない」
あるからどうした! 伝説的叙事詩の一節を一般的な交通手段と置き換えるんじゃあない。
マザー・リオーネが口元に手を当てて上品に笑った。面白い方々ね、とのコメントも頂いた。
どうも、魔法戦士団の品格を誤解されかねない流れだ。
「マザーはどうやってこの島へ?」
と、何気なく尋ねてみたが、これは悪手だった。マザー・リオーネの穏やかな顔が一瞬でこわばり、ス……と掌をこちらに向けて私の発言を阻んだ。
ゆっくりと首を振る。
「ここでは過去を尋ねるのはご法度ですのよ」
予想以上に強い拒絶の反応に、私はたじろぎ、慌てて謝罪した。
マザーはすぐに表情を和らげ、代わりに自嘲的な笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。もう大丈夫と思っていても、長年染みついた習慣は治りませんのね」
この女性もどうやら、一筋縄ではいかない過去を持っているようだ。
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「確か、本棚に古い航海日誌があったはずです。海のことをお知りになりたければ、そちらを探してみてはいかがかしら?」
つまり、女たちには何も聞くな、ということだ。郷に入りては郷に従え。私は素直に引き下がり、書物との格闘を開始する。
資料室の類ではないので、本棚には新旧の書物が乱雑に並べられているだけだ。何気なく手に取った一冊は、比較的最近書かれた、修道女の心得らしきものだった。
質素倹約、神への感謝。そして……
『いくら人恋しくなっても後輩の修道女にオイタをしてはいけませんよ』
……コホン。私はそっと本を閉じ、元の場所に戻した。
「何か?」
何時の間にやら、背後にはマザー・リオーネの影があった。
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「いえ、別に」
深くは追及するまい。
私は好奇心の強い方だが、知らない方が良いこともあるのだ。マザーはにっこり微笑むと去っていた。
フム……。古い伝承に記されたマイエラという名の修道院でも、似たようなことあったと聞くが……
「ね、ニガテな雰囲気って言ったでしょ」
隣でリルリラが居心地悪そうに呟いた。
よく見れば、物陰からちらちらと伺っている修道女の視線は私でなくリルリラを見ているような気が……。いやいや、気のせいに違いない。
ともあれ、あまり長居するべき場所ではなさそうだ。
マザーの言った航海日誌はすぐに見つかった。
はるか昔、グランゼドーラから出航し、遭難した船がこの島に漂着し、その船員が住み着いたのが修道院の始まりだという。
言われてみれば、この建物のつくりは、昼間見た遺跡のものよりは現代の建築物に近い。滑らかな一枚岩を加工したような遺跡のつくりに対し、こちらは一般的な、石材を積み上げて作られたものだ。
ただ、壁に施された文様は遺跡のものと酷似していることから、何がしかの影響は受けているようである。
修道院の一部が遺跡と地続きになっていることを踏まえて考えると、おそらく元々島に存在した遺跡を利用しつつ、必要な部分を新築して作られたものなのだろう。
「それにしても……」
私の疑問はますます深まるばかりだ。この航海日誌の内容は明らかにおかしい。
天馬の探索には結びつかないだろうが、何が役に立つかわからない。明日はこの謎を追ってみることにしよう。