上空、風強し。
地図を広げようとして、風に阻まれる。悪戦苦闘することしばらく、私はそれが無用な努力であることに気づく。
地図ならば、真下に大きいのが広がっているではないか。
飛竜は太陽を右手に飛んでいく。川は曲がりながら海へそそぐ。少女貴族の異名をとる歌姫の言葉を借りれば、気分は鳥になった私、である。
天馬捜索の途中、立ち寄ったマデ島の修道院で、私は一冊の航海日誌を発見した。それはマデ島修道院の起源について記した書物だった。
グランゼドーラから出航し、遭難した船がマデ島に漂着し、その地で生きていくことになったのが修道院の起源だという。
記録によれば、船は嵐によりマストが破損し、満身創痍の状態で海を漂っていたそうだ。
よほどの航海を潜り抜けてきたに違いない。
何しろ、グランゼドーラ港とレンダーシア内海は繋がっていないのだから。
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あの港はあくまで外海に面した港であり、内海に船は出ていない。
グランゼドーラを船出した彼らが、いかにして内海のマデ島に漂着したのか? そのルートを今回は探ってみたい。
まず、考えられるのは、直接港から内海に出たのではなく、渓流を延々と下って内海に出るという可能性だ。
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内海の北側、ワルド水源からは溢れる水が入り組んだ水路をとおって流れ落ち、最終的に内海へと注がれている。
もっとも、帆船であの水路を下るのはかなり難しいだろう。マストが破損した程度で済んだのは奇跡と言ってよい。
ところが、ソーラドーラを羽ばたかせ、水路を追ってみると、その推論が成り立たないことが分かる。
内海へと注ぐ渓流は、実はグランゼドーラまで繋がっていない。レビュールとワルドの境にその水源があり、そこから川となって南に流れているのだ。
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これではグランゼドーラ港を出航、という航海日誌の記述と矛盾する。
渓流を経由するルートはどうやら否定されたようである。この数十年で大規模な地殻変動が起きたならば話は別だが。
ならば考えられるのは一旦、外海に出て大陸の外周をぐるりと回り、海峡を経て内海に侵入したというケースだ。私は再びソーラドーラに命じ、上空からそれらしいルートを探してみたのだが……
結論から言うと、残念ながらそんなルートは存在しない。内海はトーナツ状のレンダーシア大陸により、完全に閉ざされていたのだ。
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考えられる可能性としては地下水道ぐらいだろうか。大陸の地下を貫くトンネル状のルートがあるとすれば、船での侵入も可能になる。
だが、こればかりは空から見下ろして見つかるものではない。どうやら、調査できるのはここまでのようだ。
今回は物理的なルートに絞って調査を進めてきたが、失われた魔術の類が使われたとすれば、また話は変わってくるだろう。
例えば、ルーラストーンの技術を応用して、船ごと転移する呪文……。過去の英雄譚では、船や気球ごと転移する場面が度々描かれている。
あるいは、空飛ぶ船……。こちらは"四角い世界"と呼ばれる異世界の冒険譚にしばしば登場する。
そんな技術があって遭難するものか、と言われればその通りだが、空想は自由であり、可能性は無限だ。
ある筈のない場所に船がある。あのココラタで、我々はそういう光景だって見てきたではないか。内海を目指した航海と、あの陸に鎮座する難破船に関係があるとしたら……?
ま、空想は空想に過ぎないのだが。
ところで、遭難した船そのものはどうなったのだろうか。
航海日誌も既に歴史となってしまっている今、現存しているとは思わないが、気になる話だ。
無難に考えれば修道院建設の建築材としてその役目を全うした、というところだろうが、漂着後、沈むに任せたとしたら、遺跡の近くにでも沈んでいる可能性がある。沈んだ船に当時の遺物が残っていれば、この謎も一歩、先に進むかもしれない。ますます遺跡探索を行ってみたい気持ちになる。
そんな日が来るのを、アテにはせずに待つことにしよう。
私は一通りの調査を報告書にまとめ、再び天馬探索を再開することにした。
新しい時代も目前に迫った今、そろそろ勇者の盟友たちに追いつかなければならないな……?
「焦らずゆっくり、マイペースでね」
リルリラが大きく伸びをし、ソーラドーラも同意するようにいなないた。
まあ、ぼちぼちやっていくとしよう。