天馬探索から時期は多少、前後する。
その日、私はアラハギーロを訪れていた。
先の事件の影響か、普段は少々ものさびしい雰囲気を漂わせているこの街だが、今日に限ってはその空気はどこかに吹き飛んでしまったらしい。
代わりに渦巻くのは熱気と喧騒。格闘場には異常な数の旅人が押し寄せ、手塩にかけた教え子たちの活躍に一喜一憂する。オアシスの水温が若干上がったという眉唾な噂まで流れ始めた。
アラハギーロ名物モンスター格闘場、通称バトルロードの開幕に人々は沸き立っていた。
魔法戦士である私には縁がない場所と思えたのだが、管理人のカレヴァン氏は、先の事件でアラハギーロと関わった私がニャルベルトやソーラドーラを連れていたことを覚えていたらしく、ヴェリナードの魔法戦士団宛に招待状が届いた。こうなればアラハギーロとの友好の証として、参加しないわけにもいかない。
「さあ、次の挑戦者はなんとヴェリナード魔法戦士団所属! 期待の新人ミラージュ選手ダ! 魔物使いとしても一流であることを示せるか!?」
格闘場に少々恥ずかしいナレーションが響き渡る。意外な肩書に観客からは驚きの声が上がる。一応、手を振ってこたえるべきだろう。こういうフワっとしたことは好きではないのだが……
魔物使いをなめるな、という罵声も若干ながら混じっていたようだ。なるほど、本職の魔物使いがバトルロードで魔法戦士に負けるわけにはいかない。相手にとっては緊張の一戦というわけだ。対戦相手が拳を握りしめるのが見えた。
「悪いことをした、かな……?」
一方こちらとしては本業ではないから負けても恥ではない、が、ヴェリナードの名を背負って戦う以上、それなりの結果は出さなければ格好がつかない。周囲の盛り上がりとは裏腹に、二人の出場者は緊張の汗を額に浮かべる。ややこしい話になったものだ。
そしてさらに事態をややこしくしているのが、この猫の存在である。

「こらーーー!! 猫島代表ニャルベルト様の名前もニャンとアナウンスするニャー!」
見たことも無い大観衆に興奮気味の猫は、猫魔道のニャルベルト。キャット・マンマー殿の意向により、猫島からヴェリナードへの協力者として派遣され、私とコンビを組んでいる。
「レンダーシアの魔物に猫島の底力を見せてやるニャー!」
と、いうわけで、この時点で、この試合はアラハギーロとヴェリナード、猫島の三国による親善試合という位置づけになる。
これだけでも十分すぎるのだが、さらにもう一枚、別の国が絡む。
観客席を見上げると、一人の少女の姿が目に映る。口元の魅力的なホクロが特徴的だった。
「ソーラドーラ、頑張ってーーー!!」
柔らかな金髪をなびかせて大きく手を振る彼女の名はミシュア……ということになっている。今日はお忍びだ。
ドラゴンキッズのソーラドーラが跳ね上がって本来の主にこたえる。彼女から竜の子を預り育ててきた私にとって、今日はその成果を見せる日でもある。

と、いうわけで、期せずして4国が絡む壮大な試合になったわけだが……。
ここでもう一人、いや、もう一匹の登場人物を紹介しておかねばなるまい。

彼の名はミスラン。
バトルロード出場に当たり、私が新たにスカウトしてきたホイミスライムである。
ニャルベルト、ソーラドーラはいずれもアタッカー。彼らを支援、回復し、戦いを支える三匹目の存在が必要不可欠だ。実力は未だ発展途上だが、チームの命運は彼の働きにかかっている。
「頼んだぞ、ミスラン」
頭を撫でる。

ご覧の通り、まだ懐いていないのだが……。どうも、私には魔物に好かれる才能は無いらしい。
ま、普段は牧場暮らしなので、私より牧場主の方に懐いているのは仕方のない話だが……。
こうして、魔物たちの戦いは始まった。
リーダー役はニャルベルト。本来、癒し手であるミスランが適任なのだろうが、新人にリーダーを任せるのも不安であるし、何より性格的にニャルベルトが一番向いていると判断した。
もっとも、そのニャルベルトは大歓声に戸惑ったのか、右往左往する内に敵のナスに見とれて動けなくなる始末。ナスの何に見とれたのかは猫にしかわからない。
結局、彼が正気に戻る頃には、ソーラドーラの爪が敵を蹴散らしていた。何もしとらんぞ、ニャル。
「まあ、吾輩が手を下すまでもニャいということだニャ」
前向きなのは実に結構なことである。
なんともしまらないデビュー戦だった。