「マスターに質問があるのだが」
「何でしょう」
「"一番弟子"とは"一番残念な弟子"の略なのだろうか」
「皮肉にしては直接的すぎますよ、ミラージュさん」
肌寒い空気の中に、窓から差し込む日差しだけは明るい。ここはダーマ神殿。
大神官の後継者争いも振出しに戻り、いささか白けた雰囲気の漂う聖地に、この日、一斉に押し寄せる者たちがいた。
「まったく、急にどうしたことか」
「何かあったんでしょうか?」
若い神官二人が顔を見合わせて首をかしげた。
無理もない。凱歌の鎧に身を包んだ強面のオーガから、カボチャ姿のプクリポまで。古今東西の冒険者たちが誰もいないダーマ神像を取り囲んで大騒ぎしているのだから。
熟年の神官が、苦笑いしつつ、修業が足りんぞ、と二人の肩を叩く。彼は私の隣にいる男に恭しく一礼すると、冒険者たちに激励の言葉をかけ、去っていった。若い二人はますます首をかしげるばかりだ。
その光景を横目で見つつ、私もまた苦笑を漏らした。
「いずれ彼らも、貴方の姿を見ることになるのだろうな」
「さて、どうでしょう。心がけ次第でしょうか」
まつ毛のメガネこと、スキルマスターとその一団。彼らは一定の修業を積んだ冒険者の前にしか姿を現さない。正確に言えば、彼らはいつもここにいるのだが、未熟な者には彼らの姿が見えないのだ。
おそらく、ある程度精神力の強いものでないと、あのまつ毛から無意識に目をそらしてしまい、視界に入れることができないためだろう。私はそのように推測している。
「いい加減な憶測を垂れ流さないでください」
慣れた様子でマスターはため息をついた。天を仰いで眼鏡に手をやり、目を閉じてゆっくりと首を振る。そしてややあって、きらりと光る瞳を長いまつ毛の間から覗かせてフッと笑う。やけに都合よく日差しが目元に重なり、彼の笑顔がきらきらと輝いた。
……そういう気色の悪い仕草をいちいち見せつけるから、あまり視界に入れたくないのだが……。この芸風を改めるつもりは無いらしい。
ともあれ、今回も儀式はつつがなく行われ、なんとか切り抜けることができた。
もっとも、ちょっとしたトラブルもあった。今回も酒場で雇った冒険者と共に試練に挑んだのだが、その中に人間がいたことが面倒の元だったらしい。
事態が悪化する中、まつ毛のマスターはその冒険者に言った。
「私がことを治めても意味がないのです。貴方に、お願いしたいのです」
人間がやるからこそ、意味がある……。要するに、マスターも人間ではないというわけだ。まあ、わかっていたことだが。
彼も、その弟子も、人ではない「何か」の仮初めの姿。
場合によっては人間から虐げられることもある「何か」……はてさて、一体何者だろうか。
万物流転、変化と転職を司るダーマの神は見る者によってその姿を変えるという。マスターの影とダーマ神像を脳裏に重ねつつ、私は神殿を後にした。
儀式のおかげで私も新たな技術を身に着けることが可能になった。
まずは片手剣、盾、弓、杖、そしてフォース。魔法戦士としての技能を磨いていくことにしよう。
新しい技の習得により、魔法戦士の戦い方は変わるのか、変わらないのか。
しばらくは試行錯誤の日々が続きそうである。