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その日、私はカミハルムイの都を訪れていた。
カミハルムイには森の番人にして弓のエキスパートと呼ばれる……いや、私が勝手にそう呼んでいるレンジャー協会の本部がある。
別段、魔法戦士からレンジャーに鞍替えするつもりはないのだが、天馬捜索も魔法戦士団の任務も一区切りついたこの時間を使い、弓の技術を学ぶため、魔法戦士という身分を伏せて私はそこを訪れた。
カミハルムイに居を構えて弓を扱う以上、エルトナの伝説的戦士、サムラーイの弓術を伝えているのではないかと期待していたのだが……
「密猟者の取り締まりや森の管理だけでも手一杯ですからね。伝統技能の継承まで担当する人材も予算も足りないのですよ」
と、いうわけで現在の所、森林警備員としての役割の方が大きいらしく、弓術は重視していない様子だった。
肩を落とす私の様子にミズヒキ氏が苦笑した。協会内ではリーダー格の彼も実際には現場の主任といったところで、上層部は別にあるらしい。
「だからかなあ、いまいちパッとしないんだよね、レンジャー協会」
ドワーフのポポム氏が肩をすくめる。どうも、レンジャー協会の内情はかなり厳しいらしい。カミハルムイを拠点とする以上、ニコロイ王の支援も受けているはずなのだが……。そこは質素倹約を旨とするエルフの気質ゆえだろうか。我が魔法戦士団のように大々的な組織化は行われていないようである。
「ちょうど人手不足の支部がありますので、貴方にはそこで働きながら実地訓練を受けてもらいます」
かくして私はモリナラ支部へと配属になった。
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この薄汚れた掘っ建て小屋……もとい、幽玄なる空気を醸し出す古びた社が「世界に名だたる」レンジャー協会モリナラ支部。どうも、予算不足は想像以上らしい。
私の携えた紹介状を受け取った支部長、ポランパン氏は配下のレンジャーたちにこう言ったものだ。
「おおい、どうやらまた新人が配属されるそうじゃぞ。こりゃ、興味シンジンだのう」
うーっくっく、と笑い転げるのは本人のみ。どうしてもコメントを求めるというなら、非常にプクリポらしい、とだけ答えておこう。
「少しは役に立つ奴だといいんですがね」
腕組みしたのはウェディのレーノス。
「また後輩が来るんですね……私、もっとしっかりしなきゃ」
殊勝な言葉と共に胸に手を当てたのがエルフのユウギリ嬢だ。
「さすが世界に名だたるモリナラ支部。ますます発展していきますな!」
ドワーフのマルチャが笑顔で言った。その台詞は自虐か強がりか、それとも本気なのだろうか。
オーガの姿こそ見えないものの、各種族が一堂に会して同じ釜の飯を食う姿は、ウェディを中心とした魔法戦士団とは一味違う趣があった。フム……これはこれで良いものだ。
などと頷いていると、微妙な沈黙が場を支配していることに気づく。誰もが私を怪訝そうな目で見てる。何だ、一体……?
「ああ、お前さん」
と、ポランパン支部長。
「お勤めご苦労さん。もう帰っていいぞ」
…………? どういうことだろう。何かの謎かけか……?
「どうした? まだ何か用でもあるのかよ」
レーノスが苛立った顔をこちらに向ける。……もしやこれは新人いびりなのか?
疑惑を解消したのは、ユウギリ嬢の一言だった。
「郵便局員さんも大変ですね。こんな森の中まで配達お疲れ様です!」
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そんなに郵便局員風に見えるだろうか……。いや、このなりで手紙を持ってきたのがまずかったのか。
私が紹介状の新人その人だと理解してもらうまで、かなりの時間が必要だった。