私が木こりのギルドからの書状を手にしてモリナラ大森林に戻った時、事態は予想以上に悪化していた。
いくつかの誤解が暴走を生み、各地から増援を呼び寄せたレンジャー協会と伐採同盟は戦闘状態となっていた。
「いけッ! 伐採マシーン1号改! 奴らを叩きのめせ!」
どこから持ち出したのか、迷彩塗装のキラーマシーンが機械音と共に襲い掛かる。鎮圧用の武器しか用意していなかったレンジャー達はこれに手を焼いているようだ。
「おいっ、てめえらやめろ!」
「そうよ! 村の子供たちのためにも、これ以上争わないで!」
レーナスとユウギリ嬢が叫ぶ。どうやら既に事情は呑み込めているようだ。
その言葉は同盟の男たちの耳には届いたかもしれない。だが聞く耳を持たない者もいた。
金属の腕が蛮刀を振り回す。身をかわすレンジャーの背後にあった木が轟音を上げて倒れていく。続けてもう一振り。次から次へと切り倒す。その度に森は悲鳴を上げ、倒れた幹が人々の頭上へと襲い掛かる。
レンジャー達の、そして伐採同盟の頭上にも。
「お、おい、伐採一号、やりすぎだ! ちょっと止まれ!」
返事の代わりに左腕の矢が飛んできた。続いてモノアイから光の束が放たれる。熱線が森の空気を焼き焦がす。
「ひぃっ!?」
腰を抜かしたのが幸運だった。矢と熱線は男の頭上すれすれを通っていった。
「暴走か!」
舌打ちして私は弓を番える。キラーマシーンは古代機械の一種。専門の道具使いでもなければ、扱えるものではない。
「下がれ! 狙い撃ちにする!」
弦を引き絞りながら、狙いどころを探る。迂闊な場所に当たれば爆発の恐れがある。
引き絞った弦に矢をつがえたまま、指を少しずつ緩めていく。
狙いは軸足!
「機能を停止させるだけ!」
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矢が滑るように指先を抜け、一直線に飛んでいく。青い閃光が弾ける。狙い違わず、四本足の一つが吹き飛んだ。
意にも介さず、殺戮機械は上半身を回転させ、振り向いた。邪魔者を成敗しようと私に向かって突撃する。
……が、足の一つを失ったことで軌道が定まらない。ジグザグに蛇行する。
「精密機械ほど、一つの故障が致命的だな」
動きの定まらない機械の背後にレンジャーが近づき、斧でもう一本の脚を切断する。絡繰兵士はバランスを崩し、その場に倒れこんだ。
これで一件落着、といった所だろう。
そう思っていた。
殺戮人形が、あの台詞を口にするまでは。
それは、あまりにありきたりだった。
あまりに定番だった。
そしてあまりに強烈だった。
「……ピッ、自爆シマス」
顔を見合わせる。……誰だ、そんな機能を組み込んだ大馬鹿者は!
轟音。閃光。
炎が森を包んだ。
「やべえ、火事だ!」
レーノスの青い顔がさらに青ざめる。ここは大森林。山火事の悲惨さは海育ちの私だって知っている。
「に、逃げろ!」
「畜生ッ!」
一目散に逃げ惑うのは伐採同盟。一方、レンジャー達は悲痛な面持ちで拳を握りしめる。
「レーノス、決断だ! 手遅れにならないうちに!」
「わかってる……ッ!」
レンジャーの声に、レーノスは頷く。
「てめぇら、斧を持て! 周辺の木を切り倒すんだ!」
炎が広がるのを防ぐため、燃えるものを切り倒す。時としてレンジャーにはその決断も必要となる。
ポランパン支部長が後方支援に徹している今、地形を把握し、最も効率的な切り方を指示できるのは、長年この森で活動してきたレーノスだけだ。増援のレンジャーには彼より年長の者が何人もいたが、彼の指揮下に入ることを躊躇う者は一人もいない。
とはいえ、今の今まで自分たちが守ろうとしていた森を自ら切り倒すのは、複雑な心境だろう。ユウギリ嬢は涙さえ流した。
そしてレンジャーたちが最初の幹に斧をあてた、まさにその時である。
凍えるような風が森を吹き抜けた。
冬の嵐……否、それは背筋まで凍り付くような恐怖の風だった。
ごうごうと音と上げていた炎が一瞬にして沈黙する。熱気は去り、凍てつく風が後に残った。
「助かった、のか?」
そうでないことは、すぐに分かった。
視界が歪む。雷鳴が耳を貫いた。声なき声が頭の中に響く。言葉ではない。純然たる意志そのもの。
『森を荒らす者は許さぬ』
そして次に目が覚めた時、私は一本の白樺となっていた。
レーナスは柳に、ユウギリ嬢は美しい桜の木に。
伐採同盟の面々も、レンジャーたちも、全てがその姿を樹木へと変えていた。
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これが事の顛末。今、我々はモリナラ大森林の一部となった。
このまま悠久の時を森と共に過ごさねばならないのだろうか……?
「冗談じゃねえぜ。こんなんじゃ、デートにもいけねえ」
レーノスの嘆きが、木々の間にこだました。