モリナラ大森林の一角にて、レンジャー協会と同盟の間にいくつかの取り決めが行われ、辛うじて和解は成立した。
握手ができるならするべきシーンだが、今は枝が触れ合うのが精いっぱいだ。
「よかった、わかってくれたんですね」
ユウギリ嬢がまた桜の花びらを散らす。嬉し泣きだろうか。
「ま、それも元の姿に戻れたら、の話だけどな」
一方、レーノスは冷めた様子で枝をすくめる。器用な男だ。
が、確かにその通り。和解成立。そのまま森の中で永遠に仲良く。これではどうしようもない。
「期待しようじゃないか。十年に一人の新人に」
レーノスのぼやきに私はそう返した。
あの事件の現場にいて、ただ一人、呪いを受けなかったレンジャーがいた。
私と同じ新人だったが、私とは比べ物にならないほどレンジャーとしての才能にあふれた人物で、精霊の力すら既にその身に宿しているという。
うまく逃げおおせたはずだ。そして連絡を受けた支部長達が今、対策を練っているはずである。
「新米頼みとは、俺も落ちたもんだぜ」
腕があるなら、頭の上に回していたところだろう。
我々は一斉に空を見上げて、溜息交じりの酸素を吐き出した。
と、そんな時である。
「あ、あったあった」
聞き覚えのある声が耳に……もとい、樹皮に届いた。
続いて、聞き覚えのある鳴き声も……。
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「ニャー、ホントだニャ。確かに壊れたキラーマシーンがあるニャ」
私の相棒、エルフのリルリラと猫魔道のニャルベルトだ。
……こんなところまで、私を探しに来てくれたのか?
やはり持つべきものは友である。感涙にむせる代わりに、葉に残っていた雨露が零れ落ちた。
「ところでミラージュ、どこだろ」
ここだ。お前の隣にいるぞ、リルリラよ。
「うーん、これとかミラージュっぽいかも」
桜の幹に手を振れる。リラよ。それはユウギリ嬢だ。長い付き合いなのに何故、私がわからん。
「吾輩の嗅覚に任せるニャ」
クンクンと匂いを嗅ぎ始めるニャルベルト。おお、お前ならば私を探し出してくれるに違いない。
「間違いニャい! これがミラージュだニャ!」
杖でコツンと叩いたのはブナの幹。猫よ、それは伐採同盟のリーダーだ。ええい、頼りにならん奴らめ!
「ま、いいか、どれでも。その辺にいるでしょ」
よいしょ、と私の幹に背を持たせる。なぜわざわざ細い白樺を選ぶ。わざとやってるんじゃあないのか?
「それもそうだニャー」
ニャルベルト、私の枝に乗るんじゃあない! 折れたらどうする!
まったく、なんという奴らだ。わなわなと枝が震え、葉が落ちる。もう少しでリーフスラッシュを習得できそうだ。
「ミラージュ! それとレンジャーさんと同盟の人~!」
と、エルフが森に呼びかける。知らない者が見れば、かなりメルヘンチックな光景だが、本人は真面目なようだ。
「レンジャー協会からの伝言で~す!」
どうやら彼女は冒険者として協会に雇われてやってきたらしい。
「今、精霊の力を身に着けたレンジャーさんが森の精を説得しに行きました! 上手くいけば元に戻れますよ~!」
おお、と、森が騒めく。
「と、いうわけでもう少し待っててくださいね~」
森から溢れる安堵の溜息。淀んだ空気が洗浄されていく。
「上手くやってくりゃ、いいけどな」
レーノスのボヤキ節は相変らずだが、不安の色は感じられない。後輩に対する彼の態度は常に手厳しかったが、誰よりもあのレンジャーの資質を買っていたのも彼であることを周囲の者はよく知っていた。
それにしても……
精霊に選ばれたレンジャーとは、どんなやり方で森を説き伏せるのか。
一流レンジャーの奮闘ぶりを一目、この目で……目は無いが……見てみたいものだ。
「見てみたいですねえ、ほんとに」
ユウギリ嬢も言い、レンジャーたちは一斉に枝を頷かせた。
「なら、やってみるか」
私の発案で、一つの計画が実行に移される。
森の木々はお互いが兄弟のようなもの。風や動物、虫を介して散っていった種子が森のどこかに根付いているはずだ。
それらのうち、まだ感覚が生きているをものを通して情報を取得し、それを樹木間で伝え合うことにより、森という名の広域ネットワークを展開可能なのではないか。
無茶な理屈と言えばその通りだが、そもそも今まで木になった我々の間に意思疎通が出来ていたということ自体、奇妙な話なのだ。無茶を重ねてみたって良いではないか。
「おーし、連携開始するぞ」
レーノスの合図で木々が情報を共有し始める。場所。位置。姿。動き。
はじめはおぼろげだったシルエットが、やがてはっきりとした映像の形で意識の内に浮かび上がる。
それは、驚くべき光景だった。