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石造りの闘技場に剣戟の音が響く。
松明の灯りに影が揺れ、炎神ガズバランの像が、久しく耳にしていなかった戦いの咆哮に胸を躍らせた。
尤も、屈強なるオーガの種族神が、互いを高め合う好試合を臨んでいたとしたら、この戦闘にいささか拍子抜けした違いない。
戦いは一方的なものだった。弓隊が闘技場に矢を射かけ、通路に待ち伏せた魔法戦士達が逃げる敵を確実に仕留める。
入り組んだ古代オルセコ闘技場の地形と、敵の動きを計算しつくした、完璧な包囲網だった。戦う前から勝敗は決していたと言ってよいだろう。
「大したものだな」
この包囲作戦を考案した人物に、私はそう声をかけた。
だが言葉とは裏腹に、顔には苦いものが浮かんでいたに違いない。
「これで私が有能であることを認めていただけたでしょう?」
得意げに……と表現したいところだが、つとめて淡々と冷静に、感情をこめない声で彼は言った。
私の表情が、ますます苦みを増した。誰かが砂糖を入れ忘れたに違いない。
「君は優秀かもしれんが、ジスカルド。あちらの団員は喜んでいないようだぞ」
と、私が顎で示した先には、物凄い形相で私の方を睨みつける魔法戦士団員の姿があった。理不尽なことに、隣にいるジスカルドではなく、私を睨みつけるのだ。
「はい。ミスタ・ミラージュ。実に不思議です。何が問題だったのでしょうか。私は完璧な仕事をしたつもりですが」
なおも淡々とジスカルドはそう言った。
なるほど、確かに完璧だった。
何しろ彼は、指揮官から作戦立案を任された団員よりもずっと正確で、ずっと効果的な包囲作戦を立案し、その団員より先に指揮官に提出し、承諾させてしまったのだから。
団員は完全にメンツをつぶされたことになる。
私はため息をつき、大きく首を振った。
「君には社会勉強が必要なようだな、R・ジスカルド」
ジルカルドは駆動音と共に、メタルブルーの上半身を旋回させると、赤く輝くモノ・アイを私に向けた。
RはロボットのR。
R・ジルカルドは、私の新しい友人である。
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彼と私が初めて出会ったのは、モリナラ大森林でのことだ。その頃の彼は、伐採マシーンの名で呼ばれていた。
レンジャー協会と伐採同盟の騒動が落ち着いた後、私は大破したマシーンの修理を依頼され、魔導工学のオーソリティであるデルクロア博士の元を訪ねていた。
スカルガルー跳ねガチャコッコ飛ぶ長閑なガタラ原野の一角に、古い文明の遺跡がある。
アストルティアで活動する全ての道具使いの師であるデルクロア博士の研究室は、その遺跡の地下に建てられている。
どうにも、奇妙な気分だった。魔法戦士の私が道具使いの総本山を訪れるとは……。
もっとも、それはあちらも同じだったのかもしれない。魔法戦士らしき人影が入り口に現れたのを見て、デルクロア博士は特徴的な一つ目を大きく見開いた。
デルクロア博士は魔族らしいと噂には聞いていたが、この姿を見る限り、真実のようだ。
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「吾輩に何用だ、アストルティアの原住民よ」
尊大な口調の中に警戒の色を織り交ぜて、デルクロア博士は私を睨みつけた。
だが、私が破損した伐採マシーンを見せ、修理を依頼した途端、その目はたちまちの内に好奇と興奮の色に染まった。
「これはキラーマシーンだな! なかなか面白いものを持ってきたではないか」
報酬の話もしないうちから駆け寄ってきて機体を調べ始める。
「外装の破損は激しいが、これはどうにでもなる。問題は動力だが……ホウ! 時の歯車が無事か! これはいいぞ!」
一体誰に話しかけているのやら、興奮した口調で博士はまくしたてた。どうも、魔族だろうと人だろうと、学者という人種はそれを超越して同じ特徴を持つらしい。
一応、破損した経緯を説明したが、この様子ではどの程度耳に入っているか、知れたものではない。
「な、なんだこれは!」
と、今度は唐突に怒声を上げる。
「デリケートな陽電子脳にこんな野蛮な彫り物を! 機械を何だと思っておるのだ! 見ろ、暴走の原因は完全にこいつだ!!」
見ろ、と言われては見るしかない。覗き込むと、彼が陽電子脳と呼んだ装置に「伐採魂」なる彫り物がされていた。
このキラーマシーンは森の中で機能停止していたものを伐採同盟の連中が偶然発見し、「伐採魂を注入して」伐採マシーンとして動かしていたのだそうだが……。あの連中め、何を考えていたのやら。
ともあれ、任せておけば修理の方は上手くいきそうだ。私は博士の舌が疲れて動かなくなるのを待ってから、第二の要件を切り出した。
「このところ、我々が追っている事件についてなのだが……」
博士のなで肩が、ピクリと震えた。