私がレンジャー協会の一件で不在だったひと月の間、魔法戦士団はある問題に悩まされていた。
各地に出没する魔物が以前より手強くなっているというのである。
「見た目は全く変わらんのだ。しかし確実に強化されている」
ユナティ副団長は厳しい表情でいくつかの事例を示した。
そして倒した魔物の一部を捕らえ、調べた結果、何らかの薬物反応があることが分かった。
「つまり、何者かが魔物を強化する薬品を研究、使用しているということです。デルクロア博士。あなたは魔道学者で、しかも魔族でもあられる。何か心当たりがあれば教えて頂きたい」
これが、私がデルクロア博士の元を訪れた二つ目の理由だった。
だが私が話を進めるにつれて博士の一つ目は急速に冷えた光を帯び、仮面のような顔は一切の表情を遮断してしまった。
「魔界とはとうに縁を切った。知らんな」
デルクロアは呟くように言い残すと、あとは無言のままキラーマシンを台座に乗せ、奥の作業室らしき場所へ運んでいった。
残されたのは私と、妙に存在感のある大きなタンスだけだった。
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ややあって、作業室のドアが開く。続いて、デルクロア博士の姿。妙に浮かれた表情が仮面の顔に浮かんでいる。
「ふはははは! 修理は完璧に完了した! ま、吾輩は天才魔道学者であるからな!」
先ほどとはうって変って明るい口調に少々面喰う。ころころと天気が変わるのも天才ゆえなのか?
「それで、貴様はこれから、その強化された魔族を追うんだな?」
「無論」
「なら、こいつを連れていけ。それが修理代がわりだ」
ガシャリと金属の打ち合う音が研究室に響く。それを足音だと認識するのに瞬き数回の時間が必要だった。
キラーマシーンは、青く光る金属の身体を勇ましく唸らせ、博士の背後にかしずいていた。
なるほど、修理は完了したらしいが、私がこれを連れていくだと……?
「どういうことで……?」
「道具使いの開祖として、吾輩の才知のほんのひとかけらを用いて修復・改良したキラーマシーンがどれほどの力を発揮するか、お前たち魔法戦士団に思い知らせてやろうということよ!」
高笑いが地下室にこだました。
魔法戦士団の任務は遊びではないのだが……
「無論、遊びではないぞ。こい!」
「はい、ドクター・デルクロア」
と、キラーマシーンが声を発した。意外なほど流暢な発音だった。私が面喰っている間に、彼は博士の隣へと移動する。またもカシャカシャと金属音。やや耳にさわる。
「これから貴様はこのミラージュという馬の骨と共に魔族の陰謀に立ち向かうのだ。よいな!」
「かしこまりました、ドクター」
流線型のシルエットがくるりと旋回し、赤い眼光が私の瞳を正面から見つめた。
暗闇に浮かぶ赤い光球。ぼんやりと光るキラーマシーンのモノ・アイが無感情に私を観察しているのが分かった。
駆動音が沈黙の空間に鳴り響く。
この機械は、私をどう思っているのだろう……? 一度は敵として戦った私を……。
「おっと、一つ言っておくと、大破した際にこれまでの記憶は大部分、失っておるぞ。だが代わりに本来の力を取り戻した。そう、これこそは吾輩の手による芸術的マシーンである!」
誇らしげに胸をはると、何かに気づいたらしく、ポンと手を打つ。
「そうそう、伐採マシーンなどというセンスのない名前は今日かぎりだ。この天才デルクロアがゴッド・ファーザーとなってしんぜよう。ジスカルド! お前の名はR・ジスカルドだ!」
「かしこまりました、ドクター・デルクロア」
何の拘りもなくキラーマシーンは頷く。
まったく、都合がいいのか悪いのか。元・伐採同盟の面々にどう説明したものか……。
だが、機械は私の都合など考えてくれないものらしい。カシャカシャと奇怪な足音と共に私に近づくと、ニコリともせずに握手を求めた。
差し出された金属の手に私は戸惑った。
考えてもみるがいい。機械と握手する時、人はどんな気持ちでいるべきだろうか?
「よろしくお願いします、ミスタ・ミラージュ」
促され、気持ちの整理もつかぬまま、私は握手に応じた。
モノアイが無表情に私を映す。握った手を通してひんやりとした感触が伝わってきた。
冷たい金属の腕。
それがジスカルドの第一印象だった。