引き続き、ラニ大洞穴。作戦開始まではまだ時間があった。私は一言も発しないジスカルドの背中を眺めながら、彼とどう付き合っていくべきか考えていた。
私も魔物ならば何匹か育ててきたが、機械の扱いは素人だ。道具使いとして初めて接するキラーマシーンは、ニャルベルト達とは違った意味で扱いづらい存在だった。
「ニャルベルト、とは?」
と、ジスカルドはその言葉に興味を示した。
「私の友人だ。猫魔族の、な」
友猫、と表現すべきだろうか?
「魔物使いにとって魔物は友人だと教わった。道具使いも同じだと思っていたのだがな」
「友人、ですか」
再び回転音がラニ大空洞に響いた。
「その言葉を定義づけるのは、私には非常に難しいことです、ミスタ・ミラージュ」
また堅苦しいことを言い出したな……? 私だっていちいち定義づけたことはないのだが。
「しいて言えば、利害とは無関係に信頼できて、その人格を尊敬できる相手……とでもいうのかな」
「なるほど」
R・ジスカルドはあっさりとした口調で言った。
「あなたはそのニャルベルトという方を尊敬し、信頼されているのですね」
……どうだろうか。額に手を当てる。
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ついこの間、口論になって焼き魚にされるところだったし、改めて考えてみると、別に尊敬するという関係でもないな……
どうも、この話題は早めに打ち切った方が良さそうだ。
「ま、定義はともかくとして、だ。魔物使いにとって魔物は友人ということだ。君は違うのか、ジスカルド」
問いかけると、再びジスカルドは沈黙した。
洞穴の天井にたまった水滴がぽつりと流れ落ちる。先ほどより長い沈黙だった。
やがてキラーマシーンは私の顔に赤いモノアイを向けてこう言った。
「私はあなた方に使われるべき存在です、ミスタ・ミラージュ」
私は眉間に手をあてて、溜息と共に首を振った。
因果な名前ではないか。道具使い、とは!
私の溜息が洞窟の冷えた空気をかき乱し、それが再び静寂に掻き消されるまで、ジスカルドは何も言わなかった。それが当然のことだと言わんばかりに堂々たるメタルボディを地下洞窟の闇にさらしていた。
人の役に立つことを最優先し、自分が廃棄されることも躊躇わない。しかも自己犠牲とも違う。ただ合理的判断としてそれを実行しようというのが、R・ジスカルドだ。確かに優秀な道具だろう。
だが、疑問を抱かないでもない。
「人に危害を加えない。それが君の第一原則だとしたら、この間の包囲作戦はまずかったな」
と、私は少々意地の悪い笑みを浮かべた。
「まぎれもないミスだ」
「被害は最小限に収まったはずですが」
笑みを消し、私は彼に向き直った。
「いや、君は人を傷つけた。作戦立案を任された彼の心、プライドをな」
鋭く睨みつける。沈黙。視線が交差する。
私の視線は赤いモノアイに吸い込まれ、モノアイはただ、目の前の映像を捉え、映し出す。そこに感情の色はない。ただ赤く、静かに輝く。
やがてジスカルドが緩やかに沈黙を破った。
「第一条は人の心にもその範囲を拡大して適用すべきであると、貴方はそう言われるのですね」
「そういうことになるんだろうな」
「しかし肉体的危険も軽視されるべきではありません」
「人命優先、それは私も賛成だ。だが折り合いをつけることは可能だったはずだろう」
例えば、作戦担当の団員に知恵を貸す形にすれば、恨まれるどころか感謝されたかもしれない。
「違うか? ジスカルド」
問いかけに、帰ってくるのは回転音。やがて深くうなずくと、ジスカルドは明るい光をモノアイに宿した。
「なるほど。先日貴方が仰ったことに合点が活きました」
「うん?」
「社会勉強が必要だ、と。私は私の機能をより役立てるため、あなた方の社会における慣習や心の働きについて学ぶ必要があるようです」
相変らず堅苦しい台詞だが、機械的であれば機械的であるほど、この素直さは私を驚かせる。私は曖昧な笑みを口元に浮かべ、ジスカルドの金属の肩当をコツリと叩いた。
「君が我々にとって良き隣人であろうとしていることはよくわかったよ、ジスカルド」
「それが私の存在意義です、ミスタ・ミラージュ」
ジスカルドは答える。もしこの台詞の主が機械でなければ、流石に出来すぎた台詞だが、彼の言葉に嘘はないだろう。
「だとしたら、私が君にしてのけた仕打ちは少々むごかったかもしれんな」
「何のことでしょう」
モノアイが点滅した。
それには答えず、私は闇に向けて視線を走らせ、腰の剣に手をあてた。
ジスカルドも同じだ。スタン・アローを腕のボウガンにつがえ、背中の太刀を抜き放つ。
闇の中から、雄叫びが聞こえてくる。続いて悲鳴、剣戟の音。
どうやら、作戦が始まったようだ。