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戦いが終わるといつも、戦場は奇妙な静寂に包まれる。熱気と恐慌の通り過ぎた後、弛緩した心にむなしい風が通り過ぎていく。閉鎖されたラニ大洞穴にも、その風は容赦なく吹き抜けていった。
その静寂の中、R・ジスカルドは静かに語った。
デルクロア博士がかつて魔界で、魔物たちを強化する任にあたっていたこと。件の強化薬が、当時の博士の発明品であること。
「なるほど、道理で道具使いが強化呪文の扱いに長けているわけだ」
「ですが、ドクターには別の望みがありました」
アストルティアで発明される道具への憧れと好奇心。道具使いとしての道に博士は興味を示した。だが、魔族たちはそれを認めず、嘲笑った。
「そして博士は魔界から離れたと、そう語っていました」
魔界の裏切者となり、アストルティアへと流れてきた博士は、原住民であるアストルティアの冒険者を自分の弟子とし、道具使いとして育成する。彼らの手で魔族を打ち倒し、自分の正しさを証明するのが博士の目的というわけだ。
「そのために、君は魔法戦士団の捜査能力と戦力を利用した。我々に雑魚を排除させる一方、作戦を博士に流し、大将首は彼の弟子である道具使いたちが頂くという寸法だ」
「はい、ミスタ・ミラージュ」
澄ました顔でジスカルドは言った。機械には当然のことだろうが、顔色一つ変えない。腹が立つほど動じない。
「君は我々を騙していたわけだ」
私は非難がましい視線を彼のモノアイに叩きつけた。だがブルーメタルの装甲は、その視線をものともしなかった。
「魔法戦士団の作戦を妨害したわけではありません。むしろ役に立ったと考えています。また、博士の介入により人命が危険にさらされることもありませんでした」
「第一条を侵す内容でなかったから、第二条に従って博士の計画に加担した、というわけだな」
「はい、ミスタ・ミラージュ」
なるほど、単純明快だ。彼は彼の行動原則に忠実に従い続ける。それがロボットということなのだろう。
「……だが、裏切りは人の心を傷つける行為だ」
仮にも仲間と呼んだ相手を疑い、罠に賭けねばならなかった私の気持ちが分かるか?
いや、わかるまい。機械に心は無いのだから……こんな問いかけ自体がナンセンスなものに違いないのだ。
「第一条は人の心にも適用すべき、というのがあなたの主義でしたね」
「馬鹿げていると思っているのだろう?」
自虐的に私は肩をすくめた。いったい、機械相手になにをやっているんだろうな……?
だが、ジスカルドは鋼鉄の甲冑に埋もれた頭部パーツを左右に旋回させた。それが首を振るというジェスチャーなのだと気づくまで、少し時間が必要だった。
「ミスタ・ミラージュ。それは我々にとって、考慮に値する命題です」
駆動音の響く中、R・ジスカルドは静かに語った。
「あなた方は、敵の心理を利用することで、より効率的な作戦を実行しました。これは心理的条件を考慮しなかった私の作戦より優れたものであったと評価できます。私が機械として人の役に立つためには、心の働きを理解する必要があるようです」
率直な言葉だった。
なるほど、彼の合理的頭脳には、自分の間違いを認めたくない、などという狭量なプライドの入る隙間は無いらしい。
これを人に当てはめるなら、非常に素直で向上心のある人物、ということになる。しかもその行動原理は人の役に立つこと、この一点に集約されている。まさに理想的人物像だ。
ただし、心を持たない機械でもある。
私の目の前に立つ鋼鉄の兵士は、その存在そのものが哲学だった。
「君は奇妙なロボットだ。R・ジスカルド」
「そうでしょうか、ミスタ・ミラージュ」
「興味深い、と言い換えてもいい」
私は腕を組んで目を閉じた。
「とはいえ、事実が発覚した以上、君をここにおいておくわけにはいかない。R・ジスカルド、博士の元に戻れ。そして今後は我々に関わらないことだ」
それで全て終わりだ。デルクロア博士にはそれなりのペナルティが与えられるだろう。我々の共闘も、奇妙な関係も、それで終わるのだ。
「残念ながら、ミスタ・ミラージュ。その命令には従えません」
強情な奴め! 一瞬、反論しかけたが、そこで私はハッと息を止めた。
R・ジスカルドはロボットだ。人の命令に……第二条に従わない理由があるとしたら、それは一つしかないではないか。
気づくと同時に顔色が変わる。
「……第一条だな!? 誰が危険にさらされているんだ、ジスカルド!」
「つい先ほど、SOS信号を残してドクターとの通信が途絶えました」
暗い闇にモノアイが淡く輝いた。
「ドクター・デルクロアが誘拐されました。恐らく魔族の仕業でしょう。救出に協力していただきたい」