プクランドは穏やかな気候と、穏やかな住民たちに恵まれた、のどかな風の吹く大陸である。なだらかな丘陵に咲くプクランサフランが風に揺れ、ハイキングにはもってこいだ。
だが、そののどかさをかき乱す足音が一つ。洞窟からひょいと顔を出し、キョロキョロと辺りを窺うと、手招きして、また一つ。
やがてそれは大軍勢の進軍となって空気をかき乱し、緩やかな風は鋭利な刃物となって神経に突き刺さった。勇ましくも騒々しい魔軍の行進。物陰からそれを見送って、私はホッと溜息をついた。
「どうやら君の読みは当たったようだな、ジスカルド」
私は魔物達の這い出てきた洞窟の入り口を注意深く睨みつけたままで言った。
「そしてあなた方の読みも当たったようですね、パートナー・ミラージュ」
一瞬、モノアイを点滅させたのがウインクに見えた。
ジスカルドが私をこう呼ぶようになってから、一巡りほどの時間が流れていた。
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ジスカルドによれば、デルクロア博士が誘拐されたのは、さらなる強化薬作成のためらしい。裏切り者とはいえ、彼の能力は高く評価されていたようだ。
これ以上の魔族の強化は我々魔法戦士団としても看過できない。博士を助けたいジスカルドと我々の利害はここに一致した。
「だが、条件がある」
と、私はキラーマシーンの冷たい装甲に指を突きつけた。
「事件が解決するまでの間、対等のパートナーとして接してもらう。わかるな? 隠し事はなしだ。お互いにな」
「わかりました、パートナー・ミラージュ」
かくして私はミスタ・ミラージュからパートナー・ミラージュに格上げされたというわけだ。
もっとも、魔法戦士団がこれを受け入れるにはしばらくの時間が必要だった。
我々は再び魔族の動きを追い、彼らの本拠地がプクランドのどこかにあることを突き止めた。が、そこから先の捜査は難航した。
ここでジスカルドは、彼にしかできない作戦を実行した。
自慢のサーチアイを使い、大陸全土を渡り歩いて不眠不休、魔族の動きを探り続けたのである。
彼らの姿を直接、探すのが困難だと判断した彼は、足跡にまで探知の対象を広げて追跡を行った。一般の魔物との区別は、組織的な活動の形跡があるかどうかで判別する。一つの足跡から半径を絞って次の手がかりを探し、徐々に敵の活動範囲を特定していく。
我々魔法戦士団も手を貸そうと言ったのだが、これはジスカルド自身に断られた。
「生身のあなた方では体力の消耗が激しすぎます。ここは機械の私にお任せ下さい」
代わりに、と彼は一つ頼みごとをした。
自分のメンテナンスを行う専門家を雇ってほしい、ということだ。私も彼を預かるにあたって多少の手ほどきは受けていたが、専門家には遠く及ばない。
「なら、雇うべき相手は決まっているな」
「はい、パートナー・ミラージュ。デルクロア博士の弟子に連絡を取る許可を頂きたい」
こうして、手柄を取り合っていた魔法戦士と道具使いが呉越同舟、今度は手を取り合うこととなった。機械が人同士の間を取り持つことになろうとは、妙な廻り合わせだ。
彼らの協力もあり、ジスカルドは敵の本拠地を絞り込むことに成功した。メギストリス領南部、メギラザの洞窟。今、我々が見張っている何の変哲もない自然洞窟がそれである。
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軍勢が通り過ぎると、洞窟の前に冷え切った風が吹いた。様子を伺うのは私とジスカルド、魔法戦士団から選抜された数名、そしてデルクロア博士の弟子である道具使いに、用心棒として雇われた冒険者が数名。たったそれだけの小規模部隊である。
ユナティ副団長率いる本体は、風車の丘付近で待機しているはずだ。ちょうど今、魔物たちの軍勢が向かった方角である。
だが彼らは本体であると同時に、囮でもあった。
当初、ジスカルドが提案したのは大部隊による強襲である。敵は本拠地を知られたとは思っていない。一気に攻め落とすべし、というわけだ。
難色を示したのはユナティ副団長だった。
メギラザの洞窟は長細く曲がりくねった洞窟で、数的有利を活かしづらい地形である。さらに敵には人質もいる。かなりの犠牲を覚悟しなければならないだろう。
そこで魔法戦士団が立案したのが、この囮作戦だった。
魔法戦士団が秘密裏に大規模作戦の準備を進めている、という情報をわざと流し、それらしい大部隊を"秘密裏に"集結させる。……もちろん、これもわざと発見させる。
こうして敵の出撃を促し、主力が出払ったところで少数部隊にて本拠地に奇襲を仕掛ける。
だが、今度はジスカルドが、この作戦に難色を示した。
言わずもがな。彼はその瞳に湛えた眼光で、真っ赤な難色を示したのである。