「敵が誘いに乗るとは限りません。むしろ警戒心を抱かせるだけではありませんか?」
会議は踊る。R・ジスカルドは我々の作戦に対し、そう反論した。眼光が計画書を赤く照らす。
「デルクロア博士を確保した今、彼らは無理に攻勢に出る必要はないのです。こちらの情報を得た途端、門を起動させ、魔界に逃げ帰ることも考えられます。そうなれば、追跡は困難になるでしょう」
門。ジスカルドが博士から聞いた話によれば、魔界とこの世界はそう呼ばれる装置で繋がっており、その準備さえ整っていれば、瞬時にして魔界に戻ることができるのだという。
彼が強引ともいえる強襲作戦をあえて主張したのは、これが理由だった。
「ジスカルド、君の懸念もわかるが、そういう考え方をする連中にしては、彼らは暴れすぎているな」
と、私は指摘した。
力を持った者はそれを試したくなる。これまで彼らが起こした事件の数からしても、魔物たちは薬で得た力を試したがっているように思う。
博士が囚われてからかなりの時間が経った。新しい薬の一つぐらいは完成していると考えるべきだろう。
「そこに格好の標的が現れた。食いつくとは思わんか?」
「それも心理的誘導ですか」
赤い目がくるりと回転した。
「不服か?」
「わかりません」
まるで目をつぶるように、彼はモノアイを消灯した。
「しかし人の心理を読むことについては貴方がたの方が私より上手です。貴方を信じましょう、パートナー・ミラージュ」
ジスカルドは深く頷くと再び機械の目に輝きを宿す。
信じる、か。
彼は健気にも私の言いつけを守り、パートナーらしく振舞おうとしているように見える。
では、私は彼をどう思えばいい? 単に機械が命令に従っているだけと割り切ればいいのか? それとも……
ともあれ、作戦案は可決された。
大筋は既に語った通り。もし敵が警戒して動かないようであれば少数部隊が奇襲を仕掛け、敵をかく乱した所で本体が突入する。二段構えの作戦である。
尤も、今、出撃していく敵部隊を見れば、その用意はめでたく無駄に終わったらしい。
「そろそろだな」
頃合を見て、私は突撃隊に目配せした。
「では参りましょう。パートナー・ミラージュ」
ジスカルドの赤目が鋭く光る。
私は、突入を宣言した。
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弓矢が乱れ飛ぶ中、大盾に身を隠した魔法戦士が突貫する。応戦するトカゲ頭の竜騎兵は、突然の事態に浮き足立ちながら剣を抜く。乱戦。メギラザの洞窟は阿鼻叫喚の渦に包まれた。
「時間をかけるな! 敵が対応する前に一気に叩く!」
戦況は優勢。勢いに乗れば、このまま制圧できるはずだ。
だが突然、私の背後で機械的な警戒音が鳴り響いた。ジスカルドのモノアイが激しく発光し、緊急事態を告げる。
「パートナー・ミラージュ。出撃した敵の一部が戻ってきたようです。このままでは挟み撃ちを受けます」
「なんだと!?」
洞窟の外に目をやる。丸く切り取られた空に大きな鳥が数羽、羽ばたくのが見えた。やがてそれが四肢をもち、剣を持っていることがわかる。
「ホークマン、飛行部隊か!」
迂闊だった。機動力のある部隊が異常を察知し、率先して戻ってきたのだ。唇をかみしめる。さて、どうする?
剣を構えたまま、私は一瞬、迷った。
挟撃を受ける危険を無視して突き進み、彼らが戻る前にケリをつけるか。それとも速攻は諦め、後方のホークマンに対応するべきか……。長々と考えている暇はない。
「パートナー・ミラージュ。そのまま進撃を」
指示を飛ばしたのはR・ジスカルドだった。
そして叫ぶや否や、彼は鋼鉄の身体を闇に煌めかせながら洞窟の入り口へと駆けて行った。
「私が食い止めます」
たった一人で、だと!? 思わず振り返る。
「大丈夫なのか!?」
「もちろんです」
ジスカルドの姿は既に、洞窟の闇に光る一個の鉱石のように、小さくおぼろげなものになっていた。
「あの機械、本当に大丈夫なのか……?」
メタルボディを見送りながら、隣の魔法戦士が不安げに呟いた。
私はまたも唇をかみしめた。全く、無茶をしてくれる!
だが彼は大丈夫だと言った。隠し事は無しだとも言った。ロボット三原則第二条、命令を守るべし。
R・ジスカルドはロボットだ。その点は何より信頼できる。
……そのはずだ。
「……信じるぞ、ジスカルド」
私は彼に背を預け、洞窟奥へと身を躍らせた。
「突撃だ! 一気に片を付ける!」
道具使いと魔法戦士達の精鋭が後に続く。広間には、敵将らしき一つ目の巨人の姿があった。
雄叫びを上げ、敵陣へと切り込む。ちょうどその頃、風を切る音が背後から聞こえてきた。
ジスカルドの戦いも、始まったようだ。