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暗雲を引き裂いて、竜の翼が空をゆく。黒い渦をこえて、稲光の源へ。
雷光が一筋走ると、主なき宮殿が禍々しくも美しい姿を闇の中に浮かび上がらせた。
抜け殻の魔城。魔幻宮殿とはよくいったものだ。
私とソーラドーラがこの地で勇者姫と共に戦ったのは、一巡りほど前のことだった。
激しい戦いだった。
勇者姫が魔幻を砕き、勇者の盟友が鋭い一太刀を浴びせる。
私は戦いの中で傷を負い、二度の撤退を余儀なくされた。
苦闘の中でわかったことは、勇者姫や僧侶たちに蘇生呪文を使わせてはいけない、ということだった。
彼らには彼らにしかできない仕事がある。蘇生ぐらいはこちらで引き受けよう。手元には世界樹の葉。ここが使いどころだ。
攻撃にシフトした勇者姫が魔法戦士顔負けの術法を使い、敵の理力を狂わせる。私は弱った理力に合わせてフォースを使い、一気呵成に攻めたてる。長引けば不利になることは、これまでの戦いでわかっていた。短期決戦。ソーラドーラの爪が魔を穿つ。
猛攻の中、敵将はついに地に落ち、我々は辛うじて勝利をつかむことができた。
だが……。
謎のベールの裏側に、潜んでいたものは、また、謎。
どうやら、まだ大魔王との戦いが終わったわけではないらしい。しばしの休息を挟み、勇者の物語はなおも続く。
天馬が道を探り、勇者姫とその盟友が腕を磨く間、私は大魔王に関する情報をこの宮殿からかき集め、次なる戦いに備えることにした。
再びこの宮殿を訪れたのは、そのためだった。
もっとも、得られた情報全てをここに記すのは危険すぎる。一部を書き残すにとどめておこう。
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雷鳴が走るたび、闇が色濃く浮かび上がる。
静寂の宮殿を注意深く進む我々の耳にひっそりと囁きかけたのは、色彩を無くした灰色の"記録"たちだった。
"記録"は言葉を連ね、束ねられた言葉は物語を紡ぐ。光の河、創生の渦、偽りの世界、そして冥王。
記録はやがて呟きとなり、メッセージへと変わっていく。誰のための記録だろう。誰のための言葉だろう。
天使のため息。闇の中に無数の覗き窓。眩惑と倒錯の美観が見るものを別の世界へといざなう。
いくつかの事実と、数えきれない謎。それに少しの空想があれば、闇は夢想の源となる。
夢を彩り、やがて現実に変えるもの。それが創生の力だとしたら、まさに夢のような力だ。
だが、その力の源とは……? 光の河とは何なのか。大魔王の企みすら、より大きな流れの一部に過ぎないのではないか?
先日届いた一通の手紙を思いだす。夢と現の狭間に、占い師は何を見たのだろう……?
探索も一息つき、壁に飾られた風景画に目をやる。
レンダーシアの各地を描いた絵だった。美術には疎い私だが、なかなかの名画に見える。魔幻宮殿には、こんな絵画が至る所に飾られていた。
最初は資料の類かと思っていた。偽りの世界をつくるための資料館だと……。
だが、そうではない。風景画の隣に飾られた一枚の人物画が、それを証明していた。
ここに飾られたものは全て、大魔王の作り上げた作品。
ここは美術館だ。
魔幻宮殿とは、大魔王の作品展ではないのか? 思えば、大魔王と魔元帥の出会いについての記録も、それを連想させるような記述だった。
純粋な芸術家ならば、ただ美と戯れていれば幸せなのかもしれない。だが、人はどこかでそれを他人に評価されたいと思う。
記録からメッセージに変わっていった、あの灰色の呟きも、そんな大魔王の心を反映しているのではないだろうか。
誰かに自分の言葉を、作品を見せたい。称えられたい。魔幻宮殿は、そんな想いの結晶なのか。
私は描かれた人物の横顔をじっと見つめ、そっと瞳を閉じた。
作品、か。
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いくつかの収穫といくつもの情報、そして限りない空想をバッグに納め、私は宮殿を後にした。
ところは変わり、グランゼドーラ。この王宮にも、一枚の印象的な絵画が飾られてある。
威厳ある父と、微笑む家族。幸せな時代を切り取って飾った、過去の肖像。
彼らの今と、そして未来はどう紡がれるのか。
新しい時代は訪れた。結末を知る日は、そう遠くない。
できることなら、笑顔で終わりたいものだ。
勇者姫の微笑みをあの絵画と重ねながら、私はそう思った。