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「おめでとうございます! 獲得コイン数は50000枚です!」
ウサギたちが黄色い声を上げる。私の目の前に金色の小山が積み上げられた。
けばけばしい照明に照らされて悪趣味に輝く黄金には、認めたくはないが魔性の魅力がある。この世のあらゆる低俗を快楽の色で染め上げて、金のマドラーでかき混ぜる。輝くコインの表面には、ぐにゃりと歪んだ私の顔が映っていた。
私は悠久の回廊を進み、望郷の間と同じ、半透明のピラミッドへとたどり着いた。
そして扉を開けた途端に、これだ。
煌びやかな照明に照らされたカジノ。女たちの嬌声。そして絵に描いたような幸運の連続。
やれやれ。今回の試練は随分と分かりやすい。
「さすがミラージュ様。アストルティアいちのラッキースターですわ!」
寄り添ってきたウサギの一羽がしなを作る。腕に抱き付き、煌めく笑みを振りまいて媚を売る。隣のスロットでは別のウサギがなまめかしく腰を振り、こっちへおいでよ、と誘う。ウサギの尻尾を追って不思議の国へ、か。
だが、少しも不思議ではないぞ。
目をそらすと、またコインが視界に入った。ギラギラとどぎつい色に輝くコイン。
映っているのは、私だけ。
……なんという茶番か。
溜息でコインが曇ると、輝きもまた急速に色褪せていった。
ウサギたちの顔をよく見れば、笑っている者はほとんどいない。ぞっとするものが喉の奥からこみ上げた。
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私は絡みついた腕を振りほどき、席を立った。
当たりしか入っていないくじ引き。成功すると分かっている遊戯。面白かろうはずもない。
そこにあるのはゲームではなく、ただ、愉悦の連続。絶対的権力の甘い味に酔いしれる、終わりのない酒宴だった。
「本当に行っちゃうんですか? 50000枚のコインですよ!?」
最初に声をかけてきた、キナという名の仔ウサギが耳元で囁く。黄金の吐息。甘い音色が耳をうつ。絡みつく、指先……。
悩ましげな瞳に妖艶な光が宿った。この瞳に、何人の男が溺れていったのやら。
だが、一つ教えてやろう。
「私はビンゴとチケットだけで魔法の絨毯を手に入れた男だ」
うっ、とウサギが言葉を詰まらせる。
たかだか50000枚。地道にやっていけば、いつか手が届く数字である。
爪の先を優しく撫でると、肩をすくめて背を向ける。
こんなところで足止めを喰らっているわけにはいかないのだ。
「足止め、と言えば……」
ふと、私は天馬の言葉を思い出した。
天馬ファルシオンは言った。大魔王とて、数々の試練を経て霊核にたどり着くには時間がかかるはずだ、と。
誇らしげに展示されたジャックポット当選者のコメントを見る限り、その読みは当たったらしい。
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まったく、何と評するべきか。無邪気とすら思えるその喜びように、私は奇妙な笑みが湧いてくるのを抑えきれなかった。自称、偉大なる大魔王マデサゴーラ氏は、この試練を突破するためにかなりの時間を費やしたものと見える。
彼の創った世界……おとぎ話の英雄が実在し、ピラミッドには黄金の秘宝が眠っているあの世界を、まるで子供にとっての理想の世界だ、と評した冒険者がいたが……
……本当に子供ではないだろうな?
頭の中に抱いていた大魔王像がぐにゃりと歪む。
決戦を前に、新たな疑念が沸き上がるのだった。
扉の前まで戻ってきた私に、キナがにっこりとほほ笑みかけた。
「誘惑に負けませんでしたね、ミラージュさま。私もかなり頑張ったんですけど」
ペロリと舌を出すと、悪戯っぽく笑う。
これは驚いた。先ほどまでの媚びた笑顔よりも、よほど魅力的だ。
「その笑顔で迫られたら、耐えきれたかどうかわからんな」
「あら、お上手」
くすくすと笑う。
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今更ながら、この娘達は、何者だろう。ルベカにしても、そうだ。
ただの創られた幻……あるいは機械的に動く人形にしては、誰かの意思を明確に感じずにはいられない振る舞いをする。
もし、挑戦者に試練を与える創生の女神とやらが、頑張って媚態を振りまいているのなら、かなり評価できるのだが。
「お気をつけて、ミラージュ様。この先には……」
キナの言葉はそこで途切れた。カジノホールの床が消え、真っ黒な闇が浮かび上がる。
ウサギたちの姿も掻き消え、煌びやかな電飾だけがそこに残った。
その輝きが四方に散り、闇の中に砕けて渦を巻く。再び、星辰の海。浮遊感が私を襲った。