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「よくぞここまで辿り着いた、勇者よ」
硬く閉ざされた門を背に、顎ひげを蓄えた男が傲然と言い放つ。
ついに対面した大魔王、マデサゴーラの風貌は、意外なほど平凡に見えた。
腕が6本もある異形の姿と、クワガタムシの顎のような特異な形状の鎧が目を引くが、それを除けば、他の魔族と大差ない。
貫録ある長いひげに、ねじれた二本角。
尊大な態度で勇者の一行を迎えるその姿は確かに魔王然とした立派なものだったが、目元に浮かぶ眼光は精強な野心と共に、どこか野卑なものを感じさせた。
率直に言ってみれば、スマートになったアンクルホーンという印象だ。
玉座もなく、傅く家臣もただ一人という陣営は、大魔王を名乗るには、いかにも物足りなかった。
とはいえ、その内に秘めた力は疑いようもない。こうして相対しているだけでも肌にひしひしと感じる強大な魔力は、大魔王の名に恥じぬものだ。
油断なく剣を構える。他の冒険者たちも同じだ。勇者とその盟友は最前列に立ち、大魔王を正面から見据えた。
だが、その勇者に対し、魔王は口元をほころばせて両手を開いた。
「どうだ、勇者よ。我が同志にならぬか?」
ほう、これはこれは。試練もそうだが、大魔王もなかなか伝統派らしい。世界の半分でもくれようというのかな? 私も場違いな笑みを顔に浮かべた。
気が緩み過ぎだと言われそうだが、そうでもしなければ、緊張感に押しつぶされそうだった。
「ふざけないで!」
「やれやれ、我が芸術を解せぬか」
魔王は瞳を閉じ、わざとらしく悲しむような様子を見せる。
芸術、か。
魔幻宮殿を思い出す。やはりあれは、魔王の作品展だったのか。
「余は魔族の王にして創生の女神への挑戦者。神の道具である勇者とは所詮、相容れぬか」
瞳を開く。そこには、嗜虐的な輝きが浮かんでいた。
「ならば兄の手にかかって死ぬがよい、勇者よ」
影のように魔王に傅いていた騎士が剣を抜く。
勇者姫と王子の戦いは、一対一の決闘になるかと思われた。
だが、時折勇者姫がひるむ様子を見せる。それはそうだろう。実の兄との戦いなのだ。
「実の兄妹が相争うとは、嘆かわしい限りよな」
鋼の打ち合う音が響く中、大魔王はまたも大仰にかぶりを振る。どうやら芸術家の魔王殿は、猿芝居もお好きらしい。
「三文役者もいいところだが、な!」
私が援護に向かおうとするのを押しとどめたのは、勇者の盟友殿だった。
王子と姫の間に割って入り、振り下ろされた剣を受け止める。勇者と盟友が視線をかわし、反撃が始まる。
そこからは、一方的な展開だった。
だが、魔王は余裕の笑みを崩さない。
最後の勝利を手繰り寄せるため、彼は一つの策略を忍ばせていた。
今にして思えば、かなり危うい策略に思えた。敵である勇者姫の行動如何で左右される危険な綱渡りに全てを賭けたマデサゴーラは、全てを失う覚悟があって、それでも賭けに出たのだろうか。
それとも……
あのカジノでそうだったように、自らの幸運と成功を信じて疑わなかったのか。
ともあれ、策は功を奏した。勇者は勝利し、王子は倒れ、そして魔王は力を手に入れた。
「ではこの力、試させてもらおう」
大魔王が構えをとる。
我々もまた武器を構える。
こうして、戦いが始まった。