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巨獣に対し、勇者とその盟友は勇猛果敢に戦った。
私もそれを援護する。冒険者たちも同じだ。
彼らの、そして我々の力はこの魔獣にも通用するかに思えた。
だが、幾多の手傷を負おうとも、大魔王は余裕の笑みを消そうとしない。爪の一撃で戦士が吹き飛ばされ、僧侶が蘇生呪文に取り掛かる。私はタイミングを合わせ、バイキルトの呪文を詠唱し始める。
その様子を一瞥して、マデサゴーラはまたも芝居がかった仕草で嘲笑した。その身は魔獣と化そうとも、芝居好きは治らないらしい。
「おお、なんといじましい。そのように必死で呪文を唱え続けるとは」
ゆっくりと僧侶に近づく。阻止せんと残った戦士が立ちはだかる。
「詠唱が終わるのが先か、余が辿り着くのが先か。そこが問題だ。……健気なものよな」
戦士達を蹴散らし、また一歩、前進する。だがその瞬間、詠唱は完了した。
退避する僧侶。再び前線に集う戦士たち。
「お見事。よく間に合ったものだ」
わざとらしく称賛の拍手を鳴らす。奈落の門に不協和音が響く。
「もっとも、余であれば、こうするがね」
と、叩いていた手を突然、強く握る。次の瞬間、その拳から光が溢れた。
閃光が全てを包む。地震でも起きたように、足元が揺れた。
「何だ!?」
やがて光が消える。真っ白な世界が、再び形を取り戻す。
見た目は何も変わらない。大魔王も、同じ姿のままだ。
だが、何かが違う。肌に絡みついていた空気の重さが突然、消える。そして目がくらむような違和感が突き抜ける。
「さて」
大魔王は私を一瞥した。
次の瞬間、巨大な火球が隕石のように降り注いだ。
慌てて盾をかざす。間一髪、スペルガードの守りが炎を掻き消した。これでしばらくは持ちこたえられる。安堵の溜息。
だが、瞬く間に、次の火球。
炎熱に身を焼かれるより早く、その衝撃により、体が吹き飛ばされた。熱さを感じたのは、地を舐めた後のことだった。体勢を立て直そうとする間に、既に次の呪文が襲い掛かる。必死で飛び退く。
矢継ぎ早に繰り出される呪文の数々に、戦士の一人が忌々しげに呟いた。
「奴の呪文には"溜め"が無いのか!」
「その通り。今、この世界においてそんな面倒なものは存在しない」
魔王がほくそ笑む。次々と掌から火球を打ち出していく。その一つ一つが、小技とは呼べない重さを持つ大呪文だった。
「これが余の作り出した世界。加速する世界とでも名付けておこうか」
瘴気があたりに漂い、次々に爆裂する。冒険者が一人、また一人と倒れていった。
「わかるかね、創生の力の素晴らしさが。望むとおりの世界を築くことができるのだよ」
「そんなことが……」
「できる! できるのだ。馬鹿げた妄想と笑う者は、全てここにたどり着けず散っていった」
フンと、吐き捨てるように言いながら、魔術を撃つ手は休めない。
確かに恐ろしい力だった。だが魔法は魔法。対抗策はあるはずだ。
結界を身にまとい、抗魔の力を持つ盾をかざし、冒険者たちは立ち向かう。指揮を執る勇者姫も、諦める気配はなかった。
無論、私もだ。
剣に五色の理力を宿し、敵に向けて弾けさせる。触れた者の体内で理力の均衡を狂わせる、フォースブレイクの技だ。決まりさえすれば、勝機は生まれる。
……だが、色とりどりの輝きは、魔王の身体の表面に触れると、儚く四散した。効果なし、か!
また距離をとる。他の冒険者を支援しながら、次の機会を待つ。
「得意技がなかなか当たらんようだな、魔法戦士君」
大魔王はくるりと私の方に首を向けた。醜い笑みと共に私を見下ろす。歯を食いしばり、私はそれを睨み上げた。
「何度失敗しても次こそは、と健気に挑戦する不屈の姿。実に感動的だ」
相変らずの茶番。大袈裟に両腕を広げてみせる。
「無論、余ならこうするがね」
と、広げた掌を握る。再度の閃光。創生の魔力が両手から溢れる。またも世界が傾いた。