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再び、不浄の世界。我々が辿り着いた時、勇者姫の傍に立つ冒険者の数は、もはや数名にまで減っていた。
勇者とその盟友にも疲れが見える。一方、魔王の顔には、あの憎らしげな、余裕綽々の笑みがまだ浮かんでいた。
どうやら、状況は好転していないらしい。
「我々の手で好転させてみせようじゃないか」
共に駆け付けた冒険者の一人が力強くそう言った。
頷き合い、戦線に加わる。
今回、攻撃を担当するのは戦士にかわって武闘家だった。
体力、魔法力の消耗が激しい戦士は、長期戦に向いているとは言えない。そしてこの戦いに必要な魔法力の量は、補給に当たる私の容量をはるかに超えている。しかも、僧侶たちにだって、補給は必要なのだ。
故に、爪使いを攻撃手として抜擢した。
そして装備も整える。全ての毒に耐えるのは無理でも、動きを封じる呪縛の霊気と麻痺毒だけでも防げればかなり違うはずだ。メンバーの選抜に当たり、最も重視したのがここだった。
防御が充実した分、私は守り星での援護を捨て、剣をもって攻撃にシフトする。
光の神殿で話し合った結果、最大の敗因は火力不足という結論になった。
守りで手一杯になり、敵に圧力をかけられない。それがますます敵の攻撃を加速させ、防戦一方となる悪循環に陥っていたのだ。
ゆえに、攻める。
そしてその仕上げとして必要なのが、勇者姫の力だった。
「アンルシア姫、貴女も攻撃を!」
勇者姫は一瞬、躊躇ったようだった。
ここまで辛うじて全滅を免れていたのは、彼女の回復呪文の存在が大きい。癒し手が一枚抜ければ、それだけで壊滅しかねない激しい攻撃を、マデサゴーラは今も繰り出しているのだ。
だが、援軍として駆け付けた我々の中に僧侶が二人いるのを見てとると、彼女は頷いた。
勇者の剣技が魔王を貫く。
深手とは言えない。だが、彼女の剣に込められた霊力は、敵の理力を狂わせる。魔法戦士である私がそれを注意深く観察し、弱った力を見極める。
マデサゴーラが身にまとう魔瘴の衣が、水の弾けるような音と共に歪む。水と氷を司る力が狂ったのが分かった。
すかさず、私は氷の理力を開放する。魔法戦士の十八番だ。アイスフォースにより、武闘家の爪が凍気を宿し、凍てつく風のような連撃がマデサゴーラを襲う。
さしもの大魔獣も、この連撃はこたえたらしい。顔に浮かんだ笑みが冷めていく。
私もまた剣を振るう。フォースの加護を受けた剣は、決して侮れない力をもってマデサゴーラの肉体を切り裂いていく。
勇者姫も同じだ。次々と理力を狂わせながら、自らも攻め手となって魔王に襲い掛かる。私は可能な限りフォースを対応させつつ攻勢を維持する。
が、敵もさるもの。翼を羽ばたかせ、ふわりと浮かぶ。私の意識を奪った、あの技だ。
落下、衝撃。攻撃に集中する武闘家たちはこれを避け切れない。私は常に敵との距離を意識し、一網打尽になることだけは防ぐ。倒れた仲間には世界樹の葉を振りまき、素早く立て直す。
苦闘。だが、道は見える。頭を冷やした結果だ。天馬の説教には、感謝せねばなるまい。
隼斬りが魔獣を切り裂く。手応えあり!
パリン、とガラスの割れるような音がして、周囲の空間が歪んだ。
大魔王の拳から、あの閃光が放たれる。
次の瞬間、深緑色の空気が世界から消えていた。
どうやら我々は、不浄の世界を突破したらしい。