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不浄の世界を抜け、また新たな世界へとたどり着く。
混沌とした様々な色が闇の中を漂う、奇妙な世界だった。
「まずは褒めて遣わそう。よくぞここまで辿り着いた」
二つ目の世界を突破されたマデサゴーラは、しかし再び余裕の表情をその顔に浮かべていた。
「そして、私は諸君らに礼を言わねばならんようだな」
「礼だと……?」
訝しげに様子を伺う我々に、魔王は6本腕を広げて高笑いを上げた。
「諸君らの闘いぶりは、私の創作意欲を刺激してくれた」
と、芸術家ぶって六つの腕で腕を組む。フン、似合いもしない。
私の嘲笑を意にも介さず、大魔王はご高説を続けた。
「経験があるだろう。戦いの中、偶然に……これぞ会心、これぞ必殺という一撃を繰り出せることがある。自分の動きと相手の動きが重なり合い、あらゆる防御を突き抜ける会心の一撃だ」
にやりと私に微笑む……いや、睨みつける。
「そう、先ほど君が放ったような一撃だよ、魔法戦士君」
剣を握り直す。先ほどの隼斬りは、確かに会心の手ごたえだった。
そして、この男がこれまで創り上げてきた"世界"を思えば……言いたいことが分かりかけてきた。
「思ったことはないかね? 常にそれを放ち続けることができれば、戦いはどんなに楽か、と……」
「耳を貸しては駄目、油断せず攻勢を維持!」
勇者姫の檄に、隙を伺っていた武闘家が地を蹴った。先制攻撃! 磨き抜かれた連撃が混沌の魔獣に襲い掛かる。
一方、大魔王は無造作に巨腕を振り回しただけだった。
……そう見えた。
だが次の瞬間、武闘家の身体はすさまじい勢いで後ろへ吹き飛ばされた。
まるで、これしかない最高のタイミングで、会心のカウンターブローを決めたかのように。
僧侶が武闘家に駆け寄る。
やはり、そういうことなのか。
巨獣が笑みを浮かべる。
「ようこそ、理想の世界へ」
沈黙が空を支配した。
……マデサゴーラ。
大魔王、マデサゴーラ。
彼はまるで無邪気な子供のように、自分に都合の良い世界を次々と創りだす。
もし、あらゆる呪文が一瞬で使えたなら。もし、あらゆる毒が敵に効果を発したなら。
そしてもし、あらゆる斬撃が、魔法が、一撃必殺の力を持っていたなら。
……まさに子供が描いた理想の世界だった。
巨獣がまた一歩、踏み出す。
理想の力を得た魔爪が、あらゆるものを切り裂く、かに見えた。
私は無言のまま剣を握りしめ、混沌の魔獣に駆け寄った。
「雑兵が、今更何のつもりだ」
ハエでも振り払うように巨獣が爪を振るう。それを左にかわしながら、一閃。
魔王の力をもってすれば、まさに蚊が刺したほどの攻撃に過ぎない、はずだった。
だが。
深い手ごたえ。
「ぐむっ!?」
大魔王が声を漏らす。着地し、それを軸足に向き直り、返す刀でもう一撃。
マデサゴーラの巨体に比べれば、小枝のような私の剣が、肉を裂き、骨まで届く。
「がはぁっ!」
空を揺らすような悲鳴が響いた。巨爪を支える指の一本が、あっさりと千切れ飛んだ。
「やはり、そういうことか」
勇者姫やその盟友に目配せし、共に頷く。
大魔王は、墓穴を掘ったのだ。