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闇の中を、色とりどりの光の帯が流れては消える。無秩序な力の奔流が混沌の世界を目まぐるしく飛び交う。
それを己の内に引き寄せるように、私は剣を胸元に構えた。
これまでの戦いで、我々は理解していた。
もし、この歪んだ世界に理と呼ぶべきものがあるとしたら、ただ一つ。これだけは断言できる。
世界は誰の味方でもない。ただそこにあるだけだ。
彼奴の足元にも、我々の足元にも、等しくそこにある。
思えば、加速した世界で唱えたバイキルトの呪文は、普段の倍も素早く効果を発揮したように思う。
不浄の世界で勇者姫が繰り出した攻撃は、いつにもまして容易く敵の力を奪っていったのではないか。
そしてこの世界では……
空に踏み出し、刃を振るう。雷鳴の剣が翻り、闇を切り裂き十字を描く。その両方が致命の一撃だった。
耳をつんざく魔獣の悲鳴が、ねじれた世界に轟いた。
「剣の使い手を前へ! 彼らを攻撃の軸に据えます!」
アンルシア姫が素早く号令を下すと、冒険者たちが動き出した。
私はひたすらに剣を振るった。苦し紛れに、マデサゴーラも爪を振るう。かすりでもすれば、致命傷になる世界だ。
だが、当たらない。月の紋章を刻んだ盾が、確実にそれを防ぐ。
「なんだと!?」
致命の一撃だからこそ、防ぐ術は盾の使い手には常識だった。だが、魔獣と化した魔王に身を守る盾は無かった。
隼斬りが次々と敵の装甲を切り裂いていく。ただでさえ防御をすり抜けることに適したこの技が、歪な世界のもたらす力を受け、魔王の肉体すら紙のように切り裂いていく。もはやバイキルトすら不要だ。
「バカな……」
大魔王が呻く。
「バカな!!」
確かに、馬鹿げていた。繰り出す一撃全てが会心の一撃となる。
子供でも笑ってしまうような、都合の良すぎる世界。
「貴方が創ったのよ。マデサゴーラ」
凛とした声が響く。
「この馬鹿げた世界は、貴方が!」
グランゼドーラの美姫。勇者姫は矢継ぎ早に連撃を繰り出す。その全てが必殺の剣だった。
大魔王の顔色が変わる。焦り。憤怒。後悔。だが勇者は攻め手を緩めない。強い意志を眉に秘め、仇敵の顔を睨みつける。
マデサゴーラの周囲にうごめく瘴気の形がぐらりと歪んだ。大魔王の体内で、光の理力が狂ったのが分かった。
私は光のフォースを剣に乗せ、中空へとほとばしらせる。
勇者姫の、武闘家の、勇者の盟友の武器にその力が宿り、致命の打撃をさらに恐ろしい威力に変容させていく。
私もまた剣を振るう。
今、この瞬間。大魔王に対し、片手剣は最も有効な武器だった。
かつては、魔法戦士が剣を持っただけで揶揄の対象になったような時代もあったが……全ては布石か!
慈悲深い大魔王マデサゴーラは最後に、このちっぽけな魔法戦士のささやかな願いをかなえてくれたらしい。
腰を沈め、両手を両翼に見立て、身体全体を羽ばたかせる。
鋼の隼が魔空を走る。
四連続の斬撃が、敵の肉体を次々と切り裂いていった。