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混沌を超えて、終末が近づく。
勇者の剣技が大魔王の力を奪い、勇者の盟友が最後の一撃を繰り出した時、巨獣は地に落ちた。
「何故……」
彼は言った。
「何故だ!」
皮肉なものだ。欲望のままに都合のよい世界を創りだした結果、その都合のよい力によって倒されるとは。
因果応報。自業自得か。
散りゆくマデサゴーラの姿に、私は少年時代に読んだ物語を思い出していた。
禁断の魔筆。そう呼ばれる魔法の筆に纏わる冒険譚だ。
その筆で記したものは、全てが現実となる。あらゆる願いをかなえる魔法のペン、コズミック・フォージ。
だが、それは魔法などではなかった。
もっと恐ろしい、もっと根源的な道具。創生の神々が世界の秩序を記すために使った神器だったのだ。
それゆえ、コズミックフォージは相応しい資格を持つもののみが扱えるよう、厳重に管理されていた。
もし、資格なきものがこれを使ったなら、恐るべき例外が発動する。
ベイン・オブ・ザ・コズミックフォージ!
資格なき者が書き記した願いは全て、その者への災いとなって実現するのである。
不死を願った王は、死ぬことのできない吸血鬼として灰色の夜を彷徨うことになったのだ。
苦悶の呻きが聞こえる。屈強な肉体はそぎおとされ、絶大な魔力も消え失せた。
今、正に己の願いを災いとして受け、滅んでいく魔王の姿は、幾百の時を超えようと変わらぬ人の愚かさを象徴しているかのようだった。
「あの迷宮で教えられたとおりだったわ」
勇者と盟友は互いに深くうなずき合った。
「願いは人の心を映す鏡。欲深き者は欲に滅び、愛深き者は愛に滅ぶ。都合よく願いを叶える力に、決して心を許してはいけない」
ある時は魔人の姿で、ある時は創生の力として、それは現れる。
「その力は、ここで眠らせておくべきだわ」
静かに、勇者姫は宣言した。
「愚か……者……め……」
滅びゆくマデサゴーラは、喉の奥から絞り出すような声で言った。
「神の道具として、創られた通りに生き続けて何になる。ふざけるな……! 」
魔王はあくまでも霊核を求める。執念。怨念。その奥にあるのは、野心なのか。
それとも……
神の支配から、神の被造物である自分から、逃れようともがいているのか。
だとすれば、ますます皮肉なことだ。
誰よりも道具であることを拒んだ男は、あまりに多くの者を己の道具として使い、切り捨ててきた。
勇者姫の横顔に、同じ横顔を持つ少女の顔を重ねる。
彼女もまた、同じだった。
……業と呼んで切り捨てるには、余りにやるせない連鎖だった。
そして……
今、魔王の歩みを阻止したのは、まさに彼が道具と呼んだ男だった。
憤怒が、憔悴しきった魔王の形相を悪鬼のそれに変えた。
「おのれ……余によって命を吹き込まれた男が、余に挑もうなどと、不遜な……!」
ああ……。私は憐憫の溜息を洩らした。
神も、同じ台詞を吐くだろう。神に挑もうなどと、不遜な、と。
「余は、新たな創生神……創生神に……!」
神への挑戦者。マデサゴーラはそう自称した。
だが、彼が新たな創生神を名乗るなら、それに挑んだ我々もまた、神への挑戦者ということになる。
神に挑みし者。
この戦いには、そんな名前がふさわしい。
兄との別れ。涙を振り切り、勇者姫がとどめの一撃を放つ。
断末魔。
そして全てが、光の中に消えた。