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青空の元、雲が流れる。飛竜は大きく翼を広げる。
いつの間にか上っていた朝日が、奈落から生還した我々を明るく照らす。眩しいものだ。見慣れた光が懐かしくすら思えた。
崩れ落ちようとする奈落の門に、間一髪、飛び込んできたソーラドーラの翼を借りて、私はなんとか脱出することができた。
手をかざし、前方に目をやると、そこには勇者を背にのせ、空をゆく天馬ファルシオンの姿があった。てっきり翼で羽ばたくのかと思いきや、まるで空中に足場があるかのように、美しい蹄を掻き鳴らして白馬は青空を疾走する。どんな魔力によるものやら、私ごときでは見当もつかない。
柔らかな風が吹く。
あの戦いの決着から数刻。
他の冒険者たちもそれぞれの手段で崩れゆく門から脱出し、まずは一安心、といったところだろう。
戦いは終わったのだ。長い戦いが、ようやく終わったのだ。
私は少しソラの速度を上げ、盟友と語り合う勇者姫の横顔を雲間からうかがった。
いや、もう、勇者姫とは呼ぶまい。
まだ少女の面影を残す姫君から、重すぎる枷がようやく外されたのだ。
軽やかに駆ける天馬の背に身体を預けたアンルシア姫の顔に浮かぶのは、涙、安らぎ、高揚、そして少しの虚脱。
全てがハッピーエンドとはいかなかったが、陰ながら祝福するとしよう。言葉をかけるのは、盟友殿に任せた。
グランゼドーラでは、連日の宴が催された。上は王族、下は庶民に流れ者まで、国を挙げての大騒ぎ。恩赦が出るという噂を聞いて、地下牢の囚人まではしゃぎだす始末だ。
舞うは踊り子、響くはワルツ。楽の音に酔い、酒に酔い、故事になぞらえて例えるなら、"世界中の宝石箱を開いたような"喜びに、国中が沸き立っていた。
式典には我々ヴェリナードの者も列席し、姫君とその盟友、そしてグランゼドーラの勝利にささやかな祝辞を述べた。
また、姫と共に戦った私を含む戦士たちには、それぞれ賢者ルシェンダ殿より直々のお言葉がかけられる。
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「お主らの働きぶり、水晶を通して見ておったぞ。皆それぞれ、素晴らしい働きをしてくれた」
一人一人に近づき、言葉をかける。冒険者達は誇らしげな顔で頷いていた。
次はいよいよ、私の番だ。若干の緊張。
「ミラージュ殿。貴殿の働きもお見事であった。さすがは世に聞こえたヴェリナードの魔法戦士団だ」
ほっと一息。随分とヘマもしたが、どうやら女王陛下のご尊顔に泥を塗らずに済んだようだ。
満面の笑みで私に近づいたルシェンダ殿だが、そこで突然、
「ときに、魔法戦士殿」
と、真顔に戻った。
何事かと訝しがる間もなく、ぽんと肩に手を置く。
「……誰の年が上にずれ過ぎているって?」
「……何のことですかな」
冷たい空気が首筋を襲った。私の顔が青いのは、ウェディだからである。
「フフフ……。これは、私の勘違いだったようだな、魔法戦士殿」
「ハハハ……賢者殿らしくもない」
「いやいや、年のせいかな、フフフ……」
賢者の執務室に高らかな笑いがこだました。このように、ヴェリナードとグランゼドーラの関係はいたって良好なものである。
後は、酒の席、だ。