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宴はなおも続く。
押し寄せる各国の代表者、祝いの席に花を添える旅芸人や歌い手たちのため、普段は立ち入り禁止の、王族のためのフロアまで解放しての大騒ぎである。
ほうぼうの体で宴を抜け出した私は、ほろ酔い気分に包まれた王宮の一角に、ほんの少し、しめやかな空気が漂う場所があるのに気付いた。
宴の喧噪の中、細く耳に届く静寂の空気が私の頭を覚ましていく。
衣装の乱れを正す。私は深く息を吸うと、静かにそこに近づいていった。
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一本の剣が、そっけなく、しかし大切に飾られている。
もう、使う者のいなくなった剣だ。
この剣の持ち主のことを思うと、胸に熱いものがこみ上げてくる。酒のせいだろう、私は少々、センチメンタルな気分になっているようだ。
仮初めの勇者を、ただひたすらに演じ続けた男の名を、私は決して忘れないだろう。
生まれついての勇者でないからこそ、誰よりも勇者であろうとしたのか。
彼が最後に放った輝きは、まさしく勇者の名にふさわしいものだった。
私ごときが杯を交わすのも不遜だが……。彼の生きざまに向かって、ささやかにグラスを持ち上げるくらいは許されよう。
酔うでもなく、味わうでもなく、ただ静かに喉を流れる果実酒の仄かな苦みに、私はしばし、瞳を閉じた。
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風に当たろうとテラスに顔を出すと、寂しげな鳴き声が空に響くのが聞こえた。ソーラドーラだ。
手を振ると黄色い翼が隣に降りてきたが、視線は別の方向を向いていた。
エテーネ島の上空、黒渦を見つめ、高く嘶く。
魔王との戦いの後、起きた出来事については、あえて誰も語ろうとしなかった。
私自身、あの黒渦の中で何が起きたのか、わかってはいない。
だが、何かが動き出している。誰もがそう感じているはずだ。
ソーラドーラも竜の端くれ。これから起こることに対して、きっと無関係ではいられないのだろう。
もし、彼が新たな戦いに飛び込んでいくなら、私もまた同じだ。
ソラの頭を軽く撫でる。嬉しそうに飛竜は鳴いた。
宮殿から、ワルツと共に歌声が聞こえてきた。
姫とその盟友を称える歌。そして
「長い物語の、ほんの、始まり……」
歌声が響く。あの黒渦にも、いつか届くだろう。
その時まで、私も腕を磨くことにしよう。