なりきり冒険日誌~遠い約束(2)
エルフたちの学び舎。静寂と緑なす樹々に囲まれた村。牧歌的情緒と詫びた空気の同居した学究の里。
ここツスクルにはさまざまな伝説がある。
……らしい。リルリラに聞いた話だ。
曰く、ナスビーラ料理を食わせる裏食堂がある、曰く、廊下を翅のないエルフが走り回る、曰く桜の間には白い顔の女の幽霊が出る、云々……
エルフの里なのだから、顔の白い女はありふれていると思うのだが。
要はありがちな学校の怪談だ。
その怪談の舞台の一つ、桜の間が地下迷宮への入り口だった。
生徒たちの付き添いに、と参加した新任教師のハジカ師をメンバーに加え、我々探索隊は地下へと赴く。
地下洞穴特有の湿った冷たい空気が鼻をつく。平和な村の地下にこのような空間が広がっているとは驚きの事実だ。
が、正直なところを白状しよう。私はこの探索行を甘く見ていた。
しょせん辺鄙な村の地下に広がる空洞。大した危険はあるまいと高をくくり、私とリルリラ以外には戦技の心得のあるものを同行させていなかった。
その報いを、私は第一歩から受けることになる。
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地下洞窟に無造作に設置された青い宝箱。誰が、何のために?
疑問を抱きつつも、それにうかつに近づいた次の瞬間、リルリラの小柄な体が地に伏していた。
ミミック。擬態と奇襲に特化したモンスターだ。その鋭い牙と、舌に刻まれた死の呪文は危険性十分。
一騎打ちを余儀なくされた私の背筋に戦慄が走る。が、逃げるわけにはいかない。少なくともハジカ師が他の学徒を避難させるまで、私が壁にならねばならないのだから。
痛恨の一撃を防ぐため盾に意識を集める。守りの盾に身をゆだね、死の呪文に耐えながら攻撃を加える。
勝てたのは第一に運。後は盾の技術が役立ったと言っておこう。
実に危ういところだった。そろそろ即死呪文へのカウンタースペルを刻んだ錬金装備もそろえておくべきか。
リルリラを治療するため、我々はいったん撤退しなければ、ならかった。
元々、学徒たちが危険な探索に赴くことに反対していたハジカ師は再突入を渋るかと思っていたのだが、以外にもあっさりと了承した。
思えば、この時に違和感を抱くべきだったかもしれない。
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地下空洞の奥、神代の間。施されていた呪術的封印を解いたのは他ならぬハジカ師だ。
古代エルフの時代に閉ざされた禁断の地。そこで様々なことが明らかになった。
神代の間が、不老の禁呪法を施す儀式の間であったこと。
ヒメア殿が母親からその秘術を施され、500年の長寿を得たこと。
ハジカ師が最初から不老の術を求めて、このツスクルにやってきたこと。
不老の術に失敗して魔物と化した男がいたこと。
ツスクルツクシの佃煮が絶品であること。
最後の話が特に興味深いが、当面は封じられていた、そしてたった今逃げ出した「魔物となった男」が最優先だ。
ハジカ師はその魔物すら研究対象として不老を極めるつもりらしい。
学者としての貪欲さは称賛に値するが、非常に危うい。まるで仮面を剥がれたように、知性の奥に潜む野心がその瞳ににじみ出るのを私もリルリラも見逃さなかった。
不老。誰もがその輝かしい響きにあこがれる。
だが、人は老いることを前提に生まれてくる。そして子を産み、次の世代を残して自らは去る。それが摂理だ。
その摂理を覆したとき、何が起こるのか。
ヒメア殿ならば、その答えを知っているかもしれない。
騒ぎを聞きつけて駆け付けたヒメア殿とは最悪の初対面となってしまったが、やはりいずれ時間をとって対面させてもらいたいものだ。