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レンダーシア大陸の西部、麦穂揺れる肥沃な穀倉地帯にひっそりと日々を営む小さな村がある。
人呼んで童話の村、メルサンディ。ここを訪れる旅人の目に真っ先に飛び込んでくるのは、凛々しい表情で村を見守る英雄の像。木々の枝につるされたランプが揺れ、スポットライトを浴びせたように英雄の姿を浮き上がらせる。童話の村にふさわしい、幻想的な演出である。
勇者姫の戦いが終わってはやひと月。魔法戦士団から次の任務を言い渡された私は、任務に取り掛かる前に、ふと思い立ってこの村に立ち寄った。
平穏を取り戻しつつあるレンダーシアを象徴するように、この村にも明るい話題が飛びかっていた。
中でも、童話作家パンパニーニ氏の娘、アイリがついにパンパニーニ氏の遺作の続編に取り掛かったというニュースは、村人たちを大いに喜ばせていた。
「これでこの村も安泰だ」
とはピート村長の言。確かにいつまでも新作の出ない「童話の村」では格好もつくまいが……個人的には、もう少し個人の才能に頼らない村おこしは無いのだろうか。
アイリはまだ若い、しかも病弱な少女なのだから……。
作家の仕事も、中々に激務だと聞く。老婆心ながら心配である。彼女の体調は大丈夫なのだろうか……?
「そのことなんですが、大きな町の医者に見せようという話になっていまして」
と、語ってくれたのは村長の妻、ベルカ夫人である。
「でも、村の者は皆、この村から出たことがないから、ちょっと心配で……。なんでも、都会は地面が石でできているんですって?」
私に言わせれば、教会が木でできているこの村の方が珍しいのだが。
「まあ、やっぱり木造は時代遅れなのかしら?」
両手を頬に当てる夫人。あれを「木造」の一言で片づけるか……?
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巨大な樹木をくりぬいて作った村の教会。この村の童話的な雰囲気を醸し出すのに一役買っている建物だが、これを作るには並の石造建築などよりずっと高等な技術が必要になるのではないだろうか。ま、私は建築に関してはずぶの素人なのだが。
村長への挨拶を終えて、童話作家の家へ。
今や期待の新人作家となったアイリは忙しくて面会どころではないかと思ったのだが、私にとっては運よく、彼女にとっては運悪く筆が止まったところで、気分転換がてらに食事を共にすることができた。
彼女とは以前の事件の際に少し顔を合わせた程度で、あまり面識はないのだが、私が異国の魔法戦士と聞いて興味を持ってくれたようだ。旺盛な好奇心は、作家には欠かせない資質らしい。
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何かの助けになれば、と、魔法戦士として私が関わった出来事を……もちろん、差し障りの無い範囲で……聞かせてみせたのだが、彼女が最も興味を持ったのは、任務や事件の話よりも、私が連れていたドラゴンキッズのソラのことだった。
私の影響なのかどうか、最近の彼は私に輪をかけた辛党になっており、骨付き肉の味付けにもピリ辛ペッパーを要求するほどである。その日も激辛に味付けしたパスタを頬張り、嬉しそうに火を吹いた。
彼女はたいそう面白がり、作中にも辛党のドラゴンキッズを登場させようと言い出した。期せずしてソーラドーラ、童話へ出演なるか。どんな役回りになるのやら。
ひとしきり、談笑し……
そこでふと、私はもう一つのメルサンディが気になり始めた。
あの村がどのようにして作られたのか。それはあの魔幻宮殿で断片的にだが、語られた通りなのだろう。
そして勇者が戦いを終えた今、二つの繋がりはどうなっているのか。
あくまで過去の作品を元にした世界なのか、それとも、彼女の新作とも連動し続けているのか……。
どうやら次の任務に向かうにあたり、報告すべきことが一つ増えたようだ。
私がヴェリナードより与えられた次の任務、それは偽りのレンダーシアを再び探索せよ、というものだった。
紫色の霧に包まれた大地には、まだ多くの謎が残されている。
まずはメルサンディから、巡ってみることにしよう。
一晩を宿で過ごした後、私は村に別れを告げ、メルサンディを出発した。
「次はどこへ?」
との質問は、曖昧な笑いで誤魔化しておいた。
メルサンディ村、と答えるわけにはいかないではないか。
まったく、マデサゴーラも厄介なものを作ってくれたものである。