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ざあざあと水の流れる音が心地よい。飛沫が弾け、苔生した岩と日の光の中に水滴が溶けていく。
セレドット北部、山間を下る渓流の声に耳を澄ましつつ、私はするりと釣糸を垂らした。風は穏やか、冬にしては日も温かく、人影は無し。絶好の釣り日和だ。
私も海辺の村、レーンで育った男。釣りにはうるさい方……と、言えれば格好いいのだろうが、正直なところ、からっきしである。村での主な釣果はクマノミとクラゲ。特にクラゲは数年に一度大量発生し、海辺の宴会場まで押し寄せるので、村の男総出で対処しなければならない。たまにしびれくらげも混ざる。
そんなわけで釣り老師とは縁遠い日々を送ってきた私だが、クラゲ駆除の甲斐もあってか、このたび闇の釣竿を扱えるようになり、最近では少しずつ釣りの楽しさが分かってきた。水中に潜む、まだ見ぬ敵と悪戦苦闘し、ついに彼らが水面から顔をのぞかせた時の喜びは格別なものだ。それが初めての出会いであれば、なおさらである。
今日もメルサンディからセレドに向かうに途中、寄り道をして釣りを楽しんでいるのだが、ヴェリナードの魔法戦士として言い訳をしておくと、単に趣味に興じているわけではない。
空を見上げると、いつも通り、紫色の霧が挨拶を返す。ここは偽りのレンダーシア。
以前、グランゼドーラの賢者ルシェンダ殿が、両レンダーシアの土地や水の成分を分析したことがあったが、今回、彼女はそれを発展させ、生物の分布を調査している。
私もヴェリナードから受けた任務の傍ら、それに協力しているというわけだ。
さて、何が釣れるやら……。
気紛れな魚たちが私の投げた左手袋をキャッチするまで、岩肌に腰を下ろし、雑誌を片手にしばし待つ。
この雑誌はこちらに渡って来る前に購入しておいた。タイトルはアストルティア通信、とある。女記者、リーリナによるフランクな解説記事が人気の雑誌だ。速報に目を通しながら、今後のアストルティアに思いを馳せるのも、私にとっては旅の楽しみの一つである。
まず目を引くのは、妖精の姿見。どんな仕掛けかはわからないが、あらゆる装備をカラーリング込みで試着した姿を見せてくれる、夢のアイテムだ。
仕立て屋や染色が開業した頃から望まれていたことがようやく実現するかと思うと、感慨深い。試してみたい組み合わせは、いくらでもある。
と、同時に、はさまれていたチラシに目がいく。「ファッション&ハウジングおしゃれカタログ」
……姿見のせいで売り上げが伸び悩みそうな気がするが、大丈夫なのだろうか。ま、余計なお世話か。
世界宿屋協会は福引の仕組みを見直し、新開発のジョウロにより自家栽培も楽になり、どこから入手したのか、ピラミッドの発掘情報まで載っている。
それに、大陸バザーの全世界共通化……。
よくオーグリードの有力者たちが認めたものだと思う。これにより世界経済と大陸ごとの旅人人口も変わるのだろうか。
人が多いためにバザーが発展し、バザーが発展したために人が集まる。こうしてアストルティア経済の中心となったオーグリードの今後に注目したい。
グレンやガートラントの王が統一を認めたということは、既にバザーに頼らずとも人を確保できるという自信があるのだろう。
実際、共闘者を求める旅人が集まる理由として「すでにそこに人が集まっているから」というのは大きい。
少なくともしばらくの間、グレンが冒険者の聖地である現状は変わらないというのが私の読みである。
……ま、そういう私は人ごみを嫌って、滅多にグレンには立ち寄らないのだが……。
そういえば、グレンにガートラントのチーム大使が常駐するというのも感慨深い話だ。一時は戦争かというところまで緊張の高まったあの時代も今は昔。両国の関係は良好なようである。