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勧められたジュースを味わいながら、私は子供達の物語を聞いていた。甘酸っぱい液体を舌の上に躍らせて、ゆっくりと飲み込んでいく。
彼らの語り口は決して洗練されたものではなかったが、奔放な心が紡ぐ言葉は、ビビッドな生命力に溢れていた。
美しい物語だった。
あの音色と同じように、切なくも心地よい。
私ごときがあれこれと言葉を飾る必要はないだろう。リゼロッタの表情を、私は思い出した。
あと一巡りほど早くこの物語を知っていたら、例のクイーン選挙で一票ぐらい彼女に入れても良かったかな……。
「その話、しない方がいいと思いますよ」
と、いつの間にか背後に立っていたフィーロ少年が苦笑いを浮かべた。
「気にしてるみたいですから」
手元の雑誌によると、彼女は6位だったか。前年から引き続き参加した面々の中では健闘した方だが……
なお、優勝者についてのコメントは割愛する。
そういえば、この少年も先の物語では一役買っていたようだ。
彼のリゼロッタに対する気持ちは、だいたい想像がつくが……そうでありながら、ああいう言葉をかけられるのは、中々大したものだ。
普段は目立たない位置で女王を補佐し、彼女が間違った方向に向かいそうな時は、力強くそれを引き留める。フィーロ少年の細い面持ちに、似ても似つかぬメルー公の恰幅良い顔が重なって見えた。
この二人も、ああいう関係になっていくのだろうか? 将来が楽しみな子供たちである……
そこまで想像して、ふと、私は我に返った。
この子供たちの将来、とは……。
雨音が響き始めた。教会に泊まっていけという子供たちに手を振り、私は宿へと向かった。
ここは子供だけの街、セレド。
表向き、そういうことになっている。
だが、宿と、それに付随して建てられた酒場には大きな人影がいくつも見える。ついでに耳ヒレと背ビレもだ。
酒場の階段に足をかけた私に、彼らは立ち上がって敬礼する。私もまた、敬礼を返した。
この街を初めて訪れた時、私は無理を言ってヴェリナード本国に頼み込み、護衛の兵士たちをよこしてもらった。
彼らは旅人を装い、交代制で定期的にこの街を訪れ、巡回している。何か街に問題があれば、冒険者のように彼らが子供たちに雇われる形で、事件を解決するというわけだ。
先の物語でも、護衛や遠出が必要な場面では彼らが活躍したらしい。
「しかし、いつまでもこれを続けるというわけにもいきませんな」
雨が強くなったようだ。
当初、大人たちが戻ってくるまでの間、ということで始まったこの護衛は、セレドの事実が明らかになると共に、終わりのない任務となりつつある。
もちろん、子供たちを見捨てたいわけではないが……
「せめて近隣の諸国が安定してくれれば、そちらに任せられるんだが」
とは、ある兵士の言だ。
ここから近い王国と言えば、アラハギーロか……。あちらも舵取りを失い、一時はグランゼドーラに保護されたが、今はおそらく無政府状態となっているはずだ。
「私が行って、様子を見てくるとしましょう」
どの道、レンダーシアを一通りめぐる予定なのだ。私は兵士たちと頷き合い、そしてため息をついた。
マデサゴーラが作り出したという偽りの世界。彼の死により、何かが変わるかと思っていたが……今のところ、何の変化もみられない。
それどころか、新たな謎が生まれる始末だ。
子供たちが語った、件の物語に登場する少年についても、そうだ。ここは死後の世界ではなく、死者の魂をマデサゴーラがここに呼び寄せ、肉体を与えたにすぎないはずなのだが……何故彼は、ここに現れたのか。
そして子供たちは、今後どうなるのか。
子供のまま、永遠に生き続けるのか?
それともある日、ドルセリンの切れたドルボードのように、ふっと"機能を停止"して、消えてしまうのか……
「その方が、幸せなのかも……」
口を滑らせた兵士の一人を横目でにらみつける。だが、反論するだけの根拠を、私は持ち合わせていなかった。
雨垂れが石畳をうつ。この雨すら、どこから降ってきたのやら。
見上げた空には紫色の霧、だ。
翌日、雨が上がるのを待たず私は街を出た。セレドットの山道はぬかるみ、山景色も昨日とはまた違って見える。
どしゃ降りにならなければいいが……。
魔法の絨毯で細い山道をすり抜けながら、私はぽつりと呟いた。