なりきり冒険日誌~遠い約束(3)
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久遠の森に雨が降る。
涙雨、だろうか。
あれから魔物を追ってアズランへ向かったヒメア殿をさらに追い、私たちは風の都へと赴いた。
まずは有力者の元を訪れるのではないかと思い、ヴァルハラ……もとい、領主の館にも立ち寄った。が、領主タケトラはこの町にいるはずのヒメア殿のことよりも娘のことが気になるらしい。相変わらずで何よりだ。
あちこちを探し回り、ほら穴の中まで確かめたが、なかなか見つからない。
後は、しばらく前に営業を開始した銭湯ぐらいしか心当たりがないのだが、ここに引きこもられたらお手上げだ。
……等と考えていると、リルリラが通行人からアッサリと目撃情報を仕入れてきた。灯台下暗し。一般人への聞き込みこそが探索の基本である。
不老の秘術。魔物と化した男。魔物を封じていた巫女。そして恋文。
ここですべてを語るつもりは無いが、ヒメア殿の口から語られた事件のあらましは、ほぼ想像の通りだった。
自ら恋人を魔物にしてしまった彼女の心痛は一通りのものではないだろう。が、その魔物が人に害をなしたことも事実。殺すこともできず300年もの間、封印を続けていたという。
今は魔物となった男、コハクを追って約束の地、世界樹の丘へ。
暴れまわるコハクを撃退すると、ヒメア殿は彼に近づいていった。
世界樹の守護者として使命を半ば果たし、寿命も近づいた今、魔物にとどめを刺し、自らも逝こうという。無理心中、だ。
一瞬、そうさせてやりたい気持ちがよぎった。それで全ての苦悩が終わるならば、止める権利が私にあるだろうか。
だが今は魔障が世界を覆い、世界樹すら危うい状況だ。
今この時に彼女を失うことがエルフたちにとってどれだけの損失になるか、ヒメア殿に判らないはずもないのだが……
教え子たちの手前、平静を装っているが、やはり彼女も見た目ほど冷静ではないようだ。
どうやって止めたものか悩んでいたが、ツスクルの子供たちが上手く説得してくれた。
どうやら私が口を出すような問題ではなかったようだ。リルリラも後輩たちの成長と恩師の無事を喜んでいた。
さて、説得の主軸を担った幼き学徒シシノタ。お見事と言いたいところだが、いくつか気になることがある。
彼は確か、神代の間の発見で満足しきってその後のことには興味をなくし、探索から手を引いていたはずなのだが……
どこでこの場所を聞きつけ、どうやって私たちに気づかれずにここまでやってきたのか。
そしてその見事なブーメランさばきは何なのか。
彼が若葉の試練を超え、冒険者としてデビューしたなら、きっと素晴らしいレンジャーになるだろう。
それから、かつてコハクと呼ばれた男、呪縛の魔獣との戦いについても、書き残しておこう。
前回の探索であれほど危険な目に遭ったというのに、私はまだ死の呪文への備えを用意していなかった。それは死の呪文と同じ力を振るう魔獣の爪にも無力ということだ。
冷や汗をかきながらも、酒場で雇った仲間たちに助けられ、事なきを得た。
冒険を終えた私が今度こそ即死ガード装備を購入に走ったことは言うまでもない。今後は敵によって使い分けるとしよう。
記すべきことと言えばこのくらいか。
誰か一人、どうしようもない男がいたような気がするが、気のせいだろう。まぁ記すまでもないことだ。
…そういえば一つ、謎が残った。
ヒメア殿は何故、短身痩躯のエルフ族にあって、あのように長身なのか。
恐らく長命の秘術が絡んでいるのではないかと思うのだが、それが語られることはなかった。
思うに、コハクは秘術に失敗し、獣のような体に成り果てた。ならばヒメア殿の体もまた、秘術により変化したのではないか。
幼少のころのヒメア殿は、他のエルフと変わらない体型だったという。
あのすらっとした美しい容姿は、それ自体が呪いの証なのかもしれない。
長命の術。やはり神ならぬ者が手を出すべき代物とは思えない。
本国への報告書には、ことのあらましと共に、長命の術に対する私の見解も付け加えておくとしよう。