さて……。
住民たちについての報告をまとめ終わり、私はいよいよ、最も重要な報告書の作成に取り掛かろうとしていた。
アラハギーロ発、アラハギーロ宛。
ヴェリナードを通じて、もう一つのアラハギーロに、ことの顛末を知らせておかねばならない。
魔族との戦争に赴き、行方知らずとなっていた兵士たちの話だ。
ムーニス王に。兵の無事を祈り続ける者たちに。
そして、待つことに疲れた、女たちに……。
彼らにとっては、辛い報せになるだろう。だが、これでようやく、一つの時代が終わるのだ。
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兵達は、帰らぬ人となった。
もう、待ち続ける必要はなくなった。
罪悪感を覚えないでもない。
この事件を無視して彼らを救うことに専念していれば、おそらく救えたに違いないのだ。
そう、彼らをココラタからレンドアへ連れていき、グランゼドーラ経由でアラハギーロへ向かえば、後はムーニス王やカレヴァン氏と同じやり方で、元に戻ることができたはずだ。
だが彼らは事件の解決を優先し、その中で命を落とした。
悪霊と化した兵士長を止めるため……あるいは、救うために。
ゴリウス兵士長の名前を最初に知ったのは、もう一年も前になるだろうか。他ならぬこの街の本棚に納められた兵法書の作者が、彼だった。
かなり過激な思想の持ち主で、毀誉褒貶の激しい人物であろうことは、すぐにわかった。
後に、ベルムドが彼に対する恨み故に暴走したことも知った。
確かに、魔物使い達にとって、魔物を盾代わりにするゴリウス兵士長の決断は、とうてい容認できるものではないだろう。彼らにとって魔物は友であり、使役する一方、幸せを保証してやらねばならない相手だ。それが魔物使いの矜持であり、また、その責任を負っている。
だが、軍を率いるものとしての判断はまた別だ。魔物を犠牲にしないのであれば、その分の犠牲は人間が払うことになるのだから。
そうした事情もあり、ゴリウスの行為を過激だと批判しつつも、彼に対する私の評価は、保留中だった。
そして、ゴリウスの後を継いだアブタル現兵士長の、あの柔弱な態度や、気の抜けた若い兵士たちの姿を見た時、私の天秤はかなりゴリウス側に傾いた。
アラハギーロにとっては、必要な非情さだったのではないか、と……。
そして……
あの戦いの後に起きたことを思い出す。
兵士たちの捨身の説得により、正気を取り戻したゴリウスの語った言葉は、国のために鬼となった男の、悔恨の弁だった。
国を守るためならば、あえて鬼を演じ、どんなに恨まれても構わない。その思いが、いつの間にか自分を本物の鬼に変えてしまったのだ、と。
演じる、という行為は恐ろしい側面を持つ。
あえて演じているのだから、顧みる必要はない、と、思ってしまえば開き直るのも容易くなる。ただでさえ、演じることはそのものに近づくことなのだ。
狂気を演じる役者が、やがて本当の狂気に辿り着いてしまったという話も聞いたことがある。深淵を覗き込む時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。
今、彼らは苦悩と苦闘の末、天へと昇っていった。
せめてこの報告書を、アブタルや他の兵士たちが読んでくれることを祈ろう。彼らが腑抜けたままでは、死んでいった兵士たちがあまりに哀れだ。
「そうかな?」
と、突然、リルリラが横から首を突っ込んだ。
小首を傾げてじっとこっちを見つめる。何だというのだ、一体?
エルフの口元に柔らかな笑みが浮かぶと、唇から再び、軽い調子の声が飛び出した。
「あの兵隊さんたちって、お国のために戦ったんでしょ?」
「そりゃ、そうだろう」
「国の人たちがお気楽にやっていけるために、頑張ってたんだよね」
リルリラは書き物机に顎を乗せて、下から覗き込むように私を見上げた。
「だったら、戦いが終わった後までみんなが難しい顔してたら、悲しむんじゃないの」
ムム……? 私は彼女の顔をまじまじと見つめ返した……が、すぐに目をそらされた。エルフの瞳が空を映す。いつの間にか、天の川が頭上を流れていた。
「辛い戦いが自分たちの所で終わってさ。今の兵隊さんがお気楽にやってたら、それで喜ぶんじゃないかな」
ちらりと目配せ。そしてウインク。
ううむ……ものは考えようではあるが……
「きっとさ、いい方に治まったんだよ。そういうことにしとこう」
ね、と、立ち上がって彼女は私の肩を叩いた。
ひょっとすると、諭されているのか? 私は。
「ま、そういうことにしてもいいが……」
「それがいいね!」
言いきって、エルフは大きく伸びをした。
やれやれだ。やや遅れて筆をおき、私もそれに倣った。
汗ばんだ首筋に、月明かりが一筋、触れた。
砂漠の夜は冷える。
透き通った風が、窓辺から吹き抜けていった。