
報告書をまとめ終えた私は、次の目的地へ旅立つ前に宮殿に赴き、略式の謁見を済ませた。
絨毯の上を数歩進むと、この国の新しい指導者の前に跪き、恭しく一礼。
これもまた女王陛下、と呼ぶべきだろうか。ヴェリナードの魔法戦士としては、複雑な心境だ……最近、女王が増えすぎて困る。
「ミラージュさん、いいってそんなこと!」
玉座の座り心地が悪いのか、女王は腰を浮かせて両手を振った。私は帽子のつばに手をかけて首をひねる。
「ケジメはケジメだと思うのだが……」
「いいから!」
ついに彼女は椅子を飛び下り、赤絨毯を私のところまで降りて来てしまった。まったく、玉座の重みもあったものではない。
ま、彼女の場合、フワフワと身が軽いのは生まれつきか。
女王は水滴のような青いボブを揺らして、跪く私の肩を引っ張り上げた。
「ミラージュさんも、この国の恩人の一人なんだから!」
そう呼ばれるほどの働きはしていないのだが……。
セラフィは私の顔を覗き込むと、にっこりと微笑んだ。
「また来てね! その時は、もっといい国になってるように頑張るから!」
この若く溌剌としたエネルギーがアラハギーロをどう変えていくのか。ヴェリナードの魔法戦士として、一人の旅人として、楽しみである。

さて、謁見を終え、旅の道筋や天候などを確認していると、一人の男が私に声をかけてきた。
彼の名はルーベン。グランゼドーラの特使であり、この国に住む数少ない"人間"の一人だ。……本当の意味で、そう呼ぶべきかどうかはともかく。
本来、王を失ったアラハギーロを管理するために派遣されてきたのが彼なのだが、今やそのグランゼドーラも導き手を失い、混乱の渦中にある。
しかもあらゆる国民が突然「事実」を悟り、気力を失ってしまった。彼もまた同じだ。
かくして役立たずの居候となった彼は、アラハギーロでも厄介者扱いをされていたのだが、このたび、正式に新しい指導者が決まったことで、本格的にお役御免となりつつある。
そんな彼はしかし、このアラハギーロの再生劇を目の当たりにし、やや感化されつつあるらしい。

「……新たな指導者を得て、アラハギーロは蘇りつつある。我が国もそうありたいものだ」
偽りのグランゼドーラ。かつてあの魔勇者が治め、今は虚無が支配する空白の国。レンダーシア探索の仕上げとしては、やはりかの国に赴かねばなるまい。
氏は私がグランゼドーラに向かうことを知り、手紙を一通、届けてほしいと依頼してきた。
アラハギーロの再生劇を記した報告書らしい。本来、私が請け負うような筋合いの仕事でもないのだが、魔物が闊歩する時代、郵便も命がけだ。ヴェリナードの魔法戦士なら安心と判断したのだろう。
決してこのなりのせいで頼まれたわけではないと信じたい。

さて、もう一つ、頼まれごとがある。
こちらの依頼主は料理人のハドリ氏。
彼によれば、今のアラハギーロは娯楽が少なく、特に食事のレパートリーが不足していて困っているらしい。
「で、サンドロビッチてのを食べたいって言われてさ」
美味いパンを探しているそうだ。
おあつらえ向け、パンと言えばメルサンディ。
そういえば、あの村がどうなったのかも気になる。アイリの新作はどうなったのやら……。
どうせワルドまで行けばメルサンディまではすぐだ。グランゼドーラへの道すがら、少し寄り道していくとしよう。
「頼んだよ。荷物のお届け、待ってるよ!」
決してこのなりのせいで頼まれたわけではないと信じたい。