なりきり冒険日誌~暴君の溜息(1)
某月某日。
調査のため、各地を飛び回っていた私に本国からの招集がかかった。
そこで私が与えられたのは、上級魔法戦士にしか着用を許されないノーブルコート一式だった。
全ての魔法戦士の憧れ。高貴なる装束。
白状してしまえば、私が魔法戦士を目指したのも、この衣装に憧れた、という俗な理由からだ。
世告げの姫ロディアから既に知らされていたとはいえ、兼ねてよりの目標であった衣装にそでを通すと胸が高鳴るのを抑えきれない。
まだ個人用にカスタマイズしていないため、借り物のような気分が抜けないのだが、カスタマイズしようにもこの衣装は魔法戦士の制式装備だけあって、本国から厳しく管理されている。手足を除けばライン程度しか弄ることを許されていないのだ。
個人的にはショコラリップで全面を染め、ズボンはコアブラックと洒落込みたいところなのだが……。こればかりは規則でどうしようもない。
今後、規則が改定されることを願おう。
……さて、喜んでばかりもいられない。
この装備の支給が、今までの任務の報酬でないことは火を見るよりも明らかである。
冷静に考えて私はヴェリナード王国にそこまでの貢献はしていないし、なにより私を呼び出した面々の緊張した面持ちがそれを物語っている。
私は再びやってきた。
ヴェリナードの頂点、女王閣下のおわす謁見の間へ。

暴君の復活。
私が知らされたのは、その恐ろしい事実だった。
かつて世界を支配せんとした魔獣、暴君バサグランデ。魔障の影響か、それとも何者かの陰謀か。
セーリア様の一件でも暴君がこの世に解き放たれようとしたが、その際はヴェリナードを通りかかった勇敢な旅人がオーティス王子を助け、これを調伏せしめた。私もメルー公の護衛としてその場に居合わせたが、暴君の筆舌に尽くしがたい強さは身にしみてわかっていた。
今、その旅人はヴェリナードにいない。英雄の証であるエムブレムを与えられ、再び旅立っていった。
今回は我々だけ暴君に立ち向かわなければならないのである。
本来、国内の問題は衛士の担当なのだが、もはやそんな縄張り意識などどうでも良い。各地に散らばっている魔法戦士が本国に集められ、私も戦力の足しにと呼び出されたというわけだ。
この一件でノーブルコートは魔法戦士団員、フリーの魔法戦士を問わず、かなりの数が支給されたと聞く。町ゆく魔法戦士たちの頭にも、赤い帽子をちらほらと見かけるようになった。
私は先行した衛士、魔法戦士たちを追い、永遠の地下迷宮へと急いだ。
護衛として、かつてエムブレムを与えられた勇敢な旅人に勝るとも劣らない凄腕を酒場で雇う。僧侶が二人、武闘家が一名。リルリラもついてきたがったが、今回ばかりは相手が悪い。私自身、勝算があるとはいいがたいのだ。
聖水の残量を確かめ、虎の子の世界樹の葉を預り所から引っ張り出し、ヴェリナード領北、暴君の封印されし地へ。
アーベルク団長率いる魔法戦士団は、多くの犠牲を出しながらも外界へ抜け出そうとする暴君を迷宮の最奥まで追い込むことに成功していた。
だがその場所は暴君の牙城でもある。
これからが後詰である我々にとって本当の闘い、というわけだ。
牢獄の扉をくぐる。
かつて見せた魔王ぶりはどこにもない、暴君は言葉もなく、凶暴な獣そのものの姿で襲い掛かってきた。

苦闘。
無我夢中。
死闘。
闇の稲妻が、何度私の肉体を貫いただろう。
戦況を見極め、戦いをコントロールするのが魔法戦士の務めだが、コントロールどころではない。戦線が崩壊せぬよう歯を食いしばるだけで精いっぱいだった。
私の実力ではMPパサーで補給できる魔法力などたかが知れたもの。買い込んだ聖水で僧侶と武闘家の魔力を支え、武闘家が倒れれば蘇生に合わせてバイキルトを仕込み、手が空いたならギガスラッシュでせめてものダメージを狙う。攻撃の前兆を見ればなりふり構わず暴君から離れる。僧侶二人の働きぶりが文字通り生命線だ。彼らの手がふさがるようなら世界樹の葉も惜しまず使う。
永遠とも思える苦闘の果て、聖水が底をつき、気力もまた尽きようとしたとき、私の剣か、それとも武闘家の爪か、どちらかがバサグランデを貫いた。
暴君は霧のように消える。
最初からそこにいなかったかのように。
そう、幻影であったかのように。