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○月×日
グランゼドーラに到着。
相も変らず、陰鬱な空気が街を覆っていた。
日は既に沈んでいたが、この街の暗さに昼も夜もない。町を照らす照明は懸命にその役目を果たしていたが、人々の顔に浮かんだ表情がその努力を空しいものにしていた。
とはいえ、この街にも下を向く者ばかりではない。僅かではあるが、例外も存在する。
例えば、城の地下牢。
本来、私のようなよそ者が簡単に近づける場所ではないのだが、今のグランゼドーラに警備と呼べるだけのものは無い。兵士曰く、作り物の兵士が作り物の囚人を閉じ込めて何の意味があるのか、だそうだ。
だが、私の記憶が確かならば、ここに捕えられているのはアラハギーロからやってきた旅人で、この街で盗みを働いて御用となった男だ。つまり、この街の住民ではない。
少し口をきいてみると、やはり、彼は自分が作り物だと「悟って」いなかった。稀有な例外の一人目である。
アラハギーロから来たというのが本当であれば、元は魔物のはずだが、ギルクという名前はそれらしくない。彼は何者なのか……
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私は記憶の片隅に、この男の名をとどめておくことにした。
二人目は、宮廷仕えの侍女エリフィ嬢。
「聞いてくださいな。私って作り物だったんですって。道理で美人で賢くて、何をやっても完璧だと思いましたわ」
真顔でこういってのける彼女に、絶望の二文字は全く似合わない。呆れかえるほど強靭な精神力である。
まったく、心強い女性だ。あまりそばには置きたくないが。
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三人目も同じく城に仕える料理人のカノック氏。
本物も偽物も関係ない。俺は料理人。落ち込んだら俺の料理を食えばいい。そう豪語するこの男は正に例外中の例外というべき存在で、職人意識とバイタリティの塊のような男だった。この熱意の前には大魔王の仕組んだ絶望の構図も形無しだ。
こういう男がいれば、この国も案外持ち直すのではないか。私もついつい、そう思ってしまったほどである。
もっとも、彼の料理を美味そうに食べる姿そのものが、彼らが人間離れしていることの証明となってしまったのは皮肉だが……。
城下町のバッフル町長も例外というべき人物だ。一見すると事態に狼狽えているだけの人物に見えるが、人のよさそうな口からこんな言葉が飛び出した。
「今こそ、この私がこの国の長となる機会なのでは……」
野望を口に出してしまうあたり、謀略には不向きな人物だが、この状況で野心を抱けるなら立派なものである。欲望にせよ義務感にせよ、下を向いて自虐的に笑っているよりはよほど建設的である。
そして、この国で最も建設的な仕事をしているのが、私が預かってきた手紙の届け先である、大臣のリゲス氏だった。
彼は消えた主君や、気力を無くした兵士、文官達に代わって、政務の一切合切を請け負っているらしい。
なんともご苦労なことだが、別段、彼が人並み外れた精神力をもって絶望を跳ね除けているわけではなかった。
目の前に片付けるべき仕事があって本当に忙しいとき、人は絶望している暇など無いのだ。ただそれだけのことが、氏をこの国で有数の傑物にしていた。
ルーベン特使からの手紙を携えて謁見した私は、その場で依頼を受けて、積み重なった仕事のいくらかを請け負うことになった。
形式上は、グランゼドーラから依頼を受けて、ヴェリナードが魔法戦士を一名派遣した、ということになっている。私の独断なのだが、ここが偽りの世界なら、契約も非公式で構わないだろう。そういうことにしておいた。
私は城を出ると、依頼された仕事をこなす前に、街の教会へと立ち寄った。ここで、ある人物と落ち合うことになっている。
神々しい天馬の像に囲まれた大きな教会も、今は閑散としたものだった。祈る声すら聞こえない。
聞こえてくるのは、訪れた旅人を憂鬱な顔で迎えるシスターの声だけだった。
「全ては神が創りたもうたもの。そう信じて私は生きてきました。ですが我々は、神でないものに造られた存在だったのです」
「なるほど」
と、その旅人は無感情に相槌を打ち、ややあって、感情をこめない声で質問を返した。
「しかし、何故それが悪いことなのでしょうか、シスター・ローネ」
ローネという名前らしいそのシスターは、一瞬言葉を失ったようだった。
確かに、彼にそう言われては、答えが見つかるまい。
「少し性格が悪くなったじゃあないか?」
私は苦笑交じりに彼の背中に声をかけた。
旅人は首を180度回転させてこちらを振り向くと、赤い単眼を明るく輝かせた。
「貴方はお変わりないようですね、ミラージュ」
駆動音と共に鋼の腕を動かし、唐栗仕掛けのマジックハンドで固く握手を交わす。
彼はキラーマシンのジスカルド。
私の友人である。