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グランゼドーラの空にぽっかりと雲が浮かぶ。私はそれを見上げていた。どんよりと停滞していた雲は、緩やかな風に乗って少しずつ、動き始めたところだった。
私とジスカルドがリゲル大臣の手伝いをするようになって、しばらくの時が流れた。
町にはテグラムを新たな指導者として担ぎ上げる機運が高まっていた。最初は無関心な住民も多かったのだが、今では口を開くごとにテグラム、テグラムだ。明るい表情が住民たちの顔に浮かび始めた。
事態は好転しているように思える。が、私としては複雑な気持ちだった。この街を初めて訪れた時と全く同じような、あの、まとわりつくような違和感のためである。
ため息が口から洩れるのを止めることはできなかった。彼らは結局、崇めるべき新しいアイドルを求めていたにすぎないのだろうか?
「適切な命令者を求めるのは、我々にとっては正常なことです」
ジスカルドは淡々と言った。私は彼を横目でにらみつけた。
「我々、という言葉の中には、彼らも含まれているのかな」
ジスカルドは目をそらすようにモノアイを一回転させ、軽く点滅させて街の方を向いた。
「私が、彼らの言動は非合理的だ、と言ったことを覚えていますか? ミラージュ」
「もちろん」
私が頷くと、彼はガチャリと音を鳴らして腕を組むポーズをとった。
「機械はもっと合理的に行動するものです」
「フム」
と、すれば、彼は問いかけるごとに、言わば人間の証明を彼らに突き付けていたわけだ。
それは偶然なのか、意図的なものなのか。ジスカルドの表情を読むのは難しいことだ。聞こえてくるのは、彼の中で回り続ける歯車の音だけだった。コギト・エルゴ・スム。
その問いかけも、今の彼らには届かない。彼らは穏やかな微笑みを浮かべてこう答えるようになってしまった。テグラムがいれば安心だ、と。
「思うようにはいかんのだな」
グランゼドーラの空に紫色の霧が漂う。私はジスカルドの問いかけに刺激され、カノックやノアのような人間が徐々に増えていくのではないかと思っていたのだが、彼らの選んだ道はもっと安易なものだった。
ある意味で、最も期待外れだったのがバッフル町長である。
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野心家である彼は当初、テグラムに対抗して冒険者を雇い、躍起になって人気取りをしていた。俗物ここに極まれりといった印象だったが、街の住民がテグラム派と町長派に分かれて対立するようになれば、なかなか面白いことになる。町の住民たちは自分の意思で、どちらにつくかを決定しなければならないわけだ。おそらく町長は負けるだろうが、もう一つの選択肢を与えるだけでも彼の行いには意味があった。
が、その町長も、とある事件でテグラムに命を救われ、骨抜きにされてしまった。今や町中がテグラムの虜だ。
「彼らは自分が機械にすぎないかもしれないことを嘆きつつ、機械であることを望んでいるように思います」
ジスカルドはそう指摘した。私は彼に尋ねた。
「人は機械になれると思うかね?」
ジスカルドは……最も理知的で、人間離れした、しかし妙に人間臭い振る舞いをする機械の兵士は目をつぶるようにしてモノアイを消灯し、しばし沈黙した。
ややあって、赤い灯が単眼に宿る。ゆっくりと彼は音声を発した。
「最も理想的な人間と、最も恥ずべき人間の両方が、共に機械に例えられるでしょう」
フム……と、私は頷いた。
そして付け加えられるなら、最も理想的な機械は、人に例えられる。何故なら彼らは常に人のために行動する反面、無条件に人の命令に従うことは無いからだ。ロボット三原則、とか言ったか。
街に目をやる。自らを機械と称するロボットもどきが彼らの指導者を盲目的に崇める姿に、私は異常なものを感じずにはいられなかった。
そしてまた、しばらくの時が流れる。
彼らの選んだ道にヒビが入るのに、それほど長い時間は必要なかった。