
これは私が、霧に包まれた大陸に渡航する、少し前の話である。
私は個人的な依頼を受けて、ちょっとした宝探しに参加していた。舞台はラゼアの風穴。セレドット地方の東部に位置する山岳地帯であり、険しい断崖に囲まれた陸の孤島である。
ここには以前にも来たことがあったが、迂闊にも中央の建物に気を取られ、脇道に気づかなかったため、洞窟地帯の探索は今回が初体験となった。
風穴の名の通りに、細い横穴は風の通り道となっており、笛の鳴くような音が洞窟に響く。足元の砂が一滴零れ、崖下に吸い込まれていった。零れた先を目で追うと、地表を闊歩する巨大な魔獣が、まるで蟻かプクリポのように小さく映る。地上では太古の主さえ呼ばれる巨大獣なのだが、神の視点から見れば同じこと、実にちっぽけな存在だった。
もっとも、私は神ではないのでいつ足を踏み外して蟻の仲間入りをするかわからない。不確かな足場を念入りに確かめながら、ゆっくりと山道を登っていった。一方、私の同行者であり、依頼主でもあるフリーの冒険者は、まるで庭先を歩くようにひょいと軽く山道を駆け登っていった。慣れたものである。私は足元に寄り添うもう一人の……いや、もう一匹の同行者に目配せしつつ、登り道に設置された頼りないロープを掴んだ。いざという時は彼の翼に頼ることにしよう。ドラゴンキッズのソーラドーラは山岳地帯特有の鋭く激しい風が心地よいのか、翼をしきりにばたつかせ、小刻みにステップを踏むのだった。
それにしても、とロープを手繰り寄せながら思う。
このロープは誰が設置したのだろうか。そういえば入り口付近には洞窟への道を示した看板もあった。……そんな看板があるにもかかわらず道に気づかなかった私の鈍さは置いておくとして……。
このラゼアの中央には、古い錬金術師の研究所が残されている。あの看板の文字は、研究所のかつての住民が、誰かに宛てて書いたものなのだろうか。
誰かに……。
私は先を進む勇敢な冒険者の姿を見上げながら空想を楽しんだ。
聞くところによるとその錬金術師は、いずれここを訪ねるであろう親しい人物のために、研究所の中にとある重要なものを残していたのだという。
立札やロープ、そして洞窟に隠された宝までもが、同じ人物のために残されたものだとしたら……。
親しい人物が天然の迷路に頭を悩ませる姿を想像し、悪戯っぽく微笑みながら宝箱を設置する錬金術師の姿が、目に浮かぶようだった。これは正しく宝探しのゲームなのかもしれない。

そのゲームも、終わる時が来た。私が山道を登りきり、洞窟に飛び込んだ時、冒険者は既に喝采を上げて古ぼけた宝箱と対面していた。
これにて一件落着。護衛役である私の仕事も終わりというわけだが……。
宝箱に触れた冒険者が突然、胸の辺りを押さえて苦しみ始めたのには私も驚かされた。一瞬、宝箱に毒でも塗ってあったのかと疑ったが、それにしては様子がおかしい。苦悶の呻きを上げ、冒険者はその場に倒れ伏した。魔法戦士である私は治癒の術は不得手である。所在なく杖を握りながらとりあえず応急手当の術を施してみたが、事態は何ら変わることはなかった。
もはや一刻も早く脱出して医者に診せるしかないかと、ソーラドーラに目配せしたところで、始まった時と同じくらい唐突に冒険者は目を開き、がばりと半身を起こした。
まるで悪夢でも見ていたかのように、全身が汗でびっしょりと濡れていた。
どうしたのか、と尋ねても要領を得ない。冒険者はただ首を振り、胸を押さえるのみだった。ちらりと、痣のようなものが見えた。
この後、容体はすぐに治まったらしく、目当てのお宝を手に入れた冒険者は上機嫌で私と別れた。私はあの痣のことが少し気になったものの、別の仕事が入るや否や、すぐに忘れてしまった。
だが思えば、これが私にとって、最初の接触だったのだ。
数か月後、私は悪夢の名を知ることになる。
夢と現の狭間に、一つの戦いが、既に始まっていたのである。