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女王陛下の歌声が水面に響き、清らかな水が流れるヴェリナードの都。レンダーシア探索から帰還した私は久しぶりのウェナの空気を全身に吸い込んだ。
常夏の陽気に、やや湿った風。頭上には抜けるような青い空と、鎮座する入道雲。両手を広げて背を伸ばすと、背びれと耳ひれが潤っていくのを感じる。レンダーシアにも水源地帯や海辺はいくらでもあったが、やはり地元の水は馴染むのだ。
陛下への挨拶と報告書の提出を済ませサロンに顔を出した私はそこで同僚たちと再会し、互いの無事を喜んだ。
なごみのひと時、となるはずだったが、同僚の一人が奇妙な質問を投げかけてきた。
レンダーシアに言ってきたと聞くが、頭は大丈夫か? と……
何だそれは? 最近ではそういう挨拶が流行っているのだろうか……。目を白黒させる私にユナティ副団長が解説してくれた。
最近、レンダーシアに渡航した者で、激しい頭痛を訴える者が続出しているのだという。最初は風土病の類かと疑われ、王立調査団が捜査にあたったのだが、そこで判明したのが、とある邪教の暗躍である。
紅衣の悪夢団を名乗る彼らはレンダーシアを中心に活動し、目ぼしい人物に呪いをかけ、邪神の生贄にしようとしているそうだ。件の頭痛はその呪いが原因であり、呪われた者の胸には邪教の刻印である痣が刻まれているのだという。
こうなれば調査団の手には余る。魔法戦士団の出動というわけだ。
「帰って早々で悪いが、お前にも加わってもらうぞ」
と、いうわけで私はレンダーシアにとんぼ返りとなった。もっとも、今回は頭上に霧がない。晴天のレンダーシアである。
紅衣の、と名乗るだけあって、彼らのシンボルは真っ赤な外套である。やっていることは不埒千万だが、そのセンスだけは悪くない。肩から胸元までを包む赤いマントは、私も一丁調達したいくらいなのだが、色々と難しい問題があるらしい。現状、赤いコートか、首に巻き付けるタイプのマントが精いっぱいである。思うようにはいかないものだ。
いくつかの作戦に参加し、悪夢団の捜索にあたる。組織的な追跡が功を奏し、敵の一団を追い詰める。果たして、燻し出されたのは赤いマントに身を包んだ男たちであった。
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……前言は撤回する。センスのかけらもない。紅衣というが、むしろ衣はつけていない。アストルティア・ナイトにあやかったつもりなのか?
敵を捕縛し、一旦は作戦終了となったが、彼らは悪夢団のほんの手先に過ぎず、組織の中核に関する情報は何一つ知らされていなかった。
わかったのは、彼らの崇める神の名前ぐらいのものだ。
ダークドレアム。古い伝説に名を残す邪神の名前である。
伝説の語るところによれば、かつて魔王の侵攻を恐れたある国の王が、国を守るためにこの邪神を呼び出そうとして怒りを買い、逆に一夜にして国を滅ぼされたという。
しかも、単に滅び去ることは許されず、捻じれた時の中で破滅の日を永遠に繰り返すという悪夢に囚われることになったのだとされている。
また、同じ伝説の異説では、勇敢な冒険者の力と勇気を認めて彼らに手を貸し、世界を亡ぼさんとする魔王を、赤子の手をひねるが如くに軽々と叩きのめしたともされている。
随分と大物の名が出たものだ。冷や汗が背ビレを伝ったが、我々が相手どるのはあくまで悪夢団であり、ダークドレアムそのひとではない。
彼らは物騒な神を崇めるだけのことはあって、かなり危険な魔術を使うが、決して我々の手におえない相手ではなかった。
魔法戦士団は、再び捜索を続ける。
この時点では、まだよくある過激な違法団体との戦いに過ぎなかったのである。