焦燥を促すように、次々と砂が流れ落ちる。砂時計が時を刻むたびに、私の時間は失われていく。私は焦っていた。時間がない。仔細は省くが、急いでこの事件を解決しなければならなかった。
足早に先へと進む。
洞窟の中を砂が流れる。さらさらと静かに時を刻む流砂が光を浴びて、きらきらと輝く。
先を急ぐ。
天然の石柱が巨大空洞にそそり立ち、その表面を砂が流れ落ちていく様は、趣向を凝らした巨大建築物を思わせる。
……急ぐ。
横穴を抜けると、眩しい光が降り注ぐ。天然の天窓から光が差し込み、地下洞窟に神々しいまでの輝きが宿り……
……ええい!
私はカメラを取り出すと、続けざまにシャッターを切った。
急いでいる私の前に、こんな風景をよこすんじゃあない!

ここはアラハギーロ北西部、砂漠の地下に広がる大空洞。人はここをナシームの洞窟と呼ぶ。
砂漠を砂の大河に例えるなら、ここはさしずめ地下水脈だ。地上を流離う流砂が滝となって流れ込み、地の底へと飲まれていく。渇いた空気はウェディの私にはなじまないものだが、どこか懐かしい。水が一滴も流れていないことさえ除けば、ジュレーの地下空洞によく似ていた。
目ぼしい景色を写真におさめる。まったく、時間がない時に限ってこれだ。
「お前も愛されてるってことさ」
と、前を進むドワーフの男が呟いて足を止め、横目で視線を送ってきた。
「……運命の女神って奴にさ」
ニヤリと笑みを浮かべてウインクを飛ばす。
「女神って奴はどいつも悪戯好きでな。ま、いい女ほど手がかかるってことさ」
肩をすくめる。甘い台詞に気取った仕草。そして俯くようにして覗き込まねばならない小さな身体。
緑色の肌。
このポエミィな油粘土は名をドガといい、トレジャーハンティングを生業とするドワーフの青年である。私は悪夢団に纏わる探索の中で、わけあって彼の宝探しを手伝うことになった。彼が求めるのはナシームの魔眼と呼ばれる宝石で、古代王国時代のお宝なのだという。
「ナシームってのは古代アラハギーロの魔術師でな……額に魔力の源になる宝石をつけてたっていうぜ」
緑色の額に指をあててドガは解説する。
私が子供の頃に読んだ物語にも、似たような話があった。その物語に登場する魔法帝国の住民は皆、額に宝石を埋め込まれていたのだ。帝国の中枢から送られる魔力をその宝石で受信することにより、彼らは絶大な魔術を操ることができた。
だがそれは諸刃の刃でもある。中枢の機能が停止した途端、あらゆる魔術は失われ、彼らは呆気なく滅びたという。
ナシームにも、似たような悲劇があったのだろうか……等と思いつつ続きを聞いていたのだが、私の期待は大いに裏切られることになった。詳しいことは省くが、なんとも情けない最期である。
「ま、そういうことさ」
澄ました顔でドガはまた例の甘い微笑みを浮かべた。何故、気取った顔のまま、こんな話を語れるのか……同行した別のドワーフと顔を見合わせる。ドワーフ族の中でも、変わったセンスの持ち主らしい。
そんな彼だが、宝探しの腕前は本物だった。砂漠に落ちた宝石といえば見つからないものの代名詞だが、彼は見事に探し当てて見せた。
そしてその途端、胸を押さえて苦しみ始めた。例の痣が見える。これが、私が彼に付き合っていた理由である。
幸いにして、我々魔法戦士団は解呪の術を操る人物を探し当てていた。アサナギというエルフの青年で、ツスクルの学院で秀才と呼ばれた男らしい。私の友人であるエルフのリルリラも、彼の名をよく知っていた。
「アサナギくんも立派になったんだねえ」
リラはしみじみと頷いたものだ。

彼の助けを借りてドガの呪いを解き、襲撃してきた悪夢団の手先も撃退。組織壊滅にはまだ遠いが、まずは一件落着である。
「呪いか……」
フッ、と、ドガは遠くを見つめる瞳で語り始めた。
「夢は呪いだ、って、誰かが言ってたっけな。叶わなかった夢は心にこびりついて、永遠に人を縛り続ける、って。けど、叶えた夢も同じさ。夢を失わないため、夢に囚われ続ける」
肩をすくめ、ニヒルな笑みをドガは浮かべた。
「つまり俺達は生まれつき、終わらない夢の虜囚ってことさ」
俺はそれでいいぜ、と彼は言った。永遠の夢追い人、だそうだ。
いいことを言っているのだが……どうにも調子が狂う。いや、会ったときから思っていたのだが、ドガよ……
「遠い親戚にウェディがいたりしないか?」
「何のことだ?」
怪訝な表情を浮かべる。私の思い過ごしか。
ジュレットによく似たタイプの男がいるのだが。

ま、他人の空似というのはよくあることだ。ともあれ、一つの事件が片付いた。引き続き次の任務にあたる。
急がねばならない。
有名な占い師の予言によれば、残された時間は僅からしいのだから。