抜けるような青空から柔らかな風が吹き、なだらかな草原を扇ぐ。コルットの大地はたちまちに緑に染まり、スライムとモーモンが歌いだす。
故郷レーンにほど近いコルット地方。私は魔法の絨毯に腰を下ろし、春の日差しと潮風を浴びながら、のんびりとこの地を彷徨っていった。
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この日の私はまだ病み上がりで、散策は体を慣らすことが目的だったのだが、それだけではつまらない、というわけで、もう一つ、狙いを定めていた。
以前、数人の友人が勧めてくれたモンスター、ドラキーのスカウトである。
ドラキーは蝙蝠らしい平たい翼と、蝙蝠らしからぬからぬ愛嬌たっぷりの表情、そして眺めているうちにどこまでが顔なのかわからなくなってくる大きな口が特徴の、ごくありふれたモンスターだ。
力は弱く、凶暴性もさほどではない。かつて勇者ロトの血を引く若者が竜の王と戦った時代には、うっかり遠出した冒険初心者を返り討ちにする活躍を見せていたそうなのだが、それも今は昔。
私もレーンを旅立った頃、この付近で何度か遭遇したことがあるが、それっきり再会することもなく、気に留めたことも無かった。
ところがこのドラキー、一流の魔物使い達に言わせれば、小さな体に類まれな素質を秘めたダークホース……いやさダークバットなのだという。
特に、他者の魔法力を増大させる魔力の歌は今のところ彼らの専売特許で、この一芸により、あの丸っこい蝙蝠たちは、一躍注目を浴びることになった。
おそらく噂に聞く踊り子たちが、同じ技を習得するのではないかと私は睨んでいるのだが……。
ともかく、一匹手元に置いておきたい。そう思い、私は久しぶりに初心に戻り、コルット地方を駆けまわっているのである。
春の日差し。
心地よいが、病み上がりの身体には少々強すぎるか。汗がにじむ。
潮風。
布で汗をぬぐう。
そよぐ草たち。揺れるヤシの木。たまに見かける、ヤシの実を吸うモーモンには、申し訳ないが石を飛ばして追い払う。
また彷徨う。
日が傾く。
……うむ。
何故、ドラキーがいないのだ。
私は一旦、レーンの村に戻り、待たせておいた猫魔道のニャルベルトと合流した。
気が付けば、もう半日も経ってしまった。さっとスカウトして引き上げる予定だったのだが……。汗をぬぐい、肩で息をする。長時間の探索はまだ体に応える。
「彼ら、どこかに引っ越しでもしたのかな……」
「あら、そんなことはありませんわよ」
と、私のぼやき声を捉えたのは、なんと私の身内だった。
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奇抜に見える二股帽は、調査員の証。度の強い眼鏡をきりり上げて知性を誇示するのは、王立調査隊の一員、パトローネ女史である。
そういえば、地方を調査中だと聞いていたが……このドラキー不在現象はどういうことだろう。
「何かあったのか?」
「いえ、何も」
パトローネは白けた笑みを口元に浮かべた。ため息が一つ。
「ねえミラージュさん、ドラキーって、コウモリなんですよ」
「そりゃ、知ってるが……」
「ですから」
彼女は天を指さした。空は赤く焼け、日は海の向こうに沈もうとする時刻だった。
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「ドラキーは夜にしか出ないんですよ」
……盲点だった。
私は彼女に礼を言い、村で夜まで休んでから再びコルットの草原に乗り出した。
探すまでもなく、そこかしこに黒い翼。
宵闇に溶けるような……と、いうほど黒くは無いが、真っ赤な微笑みが夜を優雅に流離う姿は、よくよく見ればなかなかのホラーである。
私は彼らの一匹に近寄ると、交渉を開始した。
ドラキー、全身で首をかしげる。
星の瞬き。
骨付き肉の登場。
黒翼、夜に踊る。
交渉成立。
かくして私は一日かけて、ドラキーのスカウトに成功したのだった。
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「よろしく頼むぞ、ラッキィ」
つるりとした頭を撫でると、身体ごと翼が揺れた。この名前は気に入ってもらえただろうか。やや安直だが、不吉の象徴とされるコウモリに幸運の名を授けるというのも、ちょっと洒落がきいているだろう。
「ンー……」
と、隣で聞いていたニャルベルトはゴロゴロと低く唸った。一体どうした?
「こいつの顔、ニャんか"くろうにん"って感じニャんだよニャー」
まじまじとドラキーを見つめる。そんな風には見えないが……そういうものか?
「苦労人にその名前はどうかニャー」
猫は腕組して唸るのだった。
……いいじゃあないか。苦労人のラッキィ。洒落が効いているだろう。
「ま、別にいいけどニャ」
ラッキィは一声、キィ、と鳴いて骨付き肉にしゃぶりついたところだった。
さて、彼はニャルベルトの予言通り苦労を重ねていくのか、はたまた名前の通り幸運に恵まれて生きるのだろうか。
夜風がふわりと、蝙蝠の翼を撫でた。
ゆっくり見守り、育てていくことにしよう。