昔、酒場で偶然知り合ったウェディの冒険者が、こんな話を聞かせてくれたことがある。
このアストルティアのどこかで、常に、大量の鯖を積んだ箱舟が走っているのだ、と。
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鯖。
そう、あの鯖である。
煮て良し、焼いて良し、酢で締めるのも美味。鮮度の管理にご用心。エルトナではスシにも使われるという、あの鯖である。
何を言っているのか、と首をかしげる私をよそに、彼は話を続けた。
鯖を積んだ箱舟はたまに事故を起こし、大量の鯖を周囲に撒き散らす。
その後始末に鉄道局員、周辺住民はもとより、大地を司る精霊や神々までが総動員されるため、世界の理が一時的に狂ってしまうのだという。
アストルティアの空気が重くなり、人々は体の自由を奪われる。目の前にいた相手が突然、消えてしまったり、何故か後ろ向きに歩き始めたりする。
その冒険者はこれを「鯖の問題」と呼んでいた。
初めてその話を聞いた時は、何を馬鹿なことを、と笑ったものだ。
酒の席での法螺話、ナンセンスなジョーク。そうとしか思えなかった。
だがその後、魔法戦士として、そして冒険者として各地を転戦するにつれて、彼の言う"狂い"を感じることが増えてきた。
頭上に黄色い光が輝き、やがてそれが赤くなる。金縛りにあったように動かない身体。逆に自分だけが動けて、他が止まってしまったように見えることもある。
そのたびに私は彼の話を思い出すのだ。「鯖の問題」のことを。
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その日も、私は思い出していた。
緊張の糸が張り詰める魔法の迷宮。周囲にはチーム"豊穣の月"の仲間たち。
そして目の前には紫色の大蛇と屍竜、魔人。
冒険者の間で伝説の3悪魔と呼ばれるモンスターである。
ようやく体調を持ち直した私は仲間たちに誘われ、リハビリがてら、この戦いに参加していた。
同行したモモ殿、ザラターン殿は何度もこの敵を打ち倒してきた熟練の冒険者。
カタキ殿はわけあってしばらく一線を退いていたのだが、最近めでたく復帰。私にとっては久しぶりの共闘となった。
折も折、彼女が復帰した直後に私の方が風邪をひいてしまい、復帰祝いを言うタイミングも逃してしまったが、こうしてまた共に戦えることは何ものにも勝る喜びだ。
彼女は三悪魔との戦いは今回が初めてとのことで、是非初勝利を味わってもらおうと、意気盛んに戦闘を開始したまでは良かったのだが……
動かない。
体が動かない。
よりによって、このタイミングでか!? 私の脳裏に大量の鯖がぶちまけられる光景が浮かび上がった。
一瞬、まだ体調が戻っていないせいかとも思ったが、それにしても指一本動かせないはずはないのだ。
重い身体を引きずって、辛うじてバイキルトとフォースブレイクを決める。が、そこからまた空気が重くなる。
一度は意識が遠くなり、どこかに「落ちる」感覚すら味わうほどだった。
おそらく戦闘時間の半分ぐらいは、3人で戦っているようなものだったのではないか……。
もっとも、それでもきちんと持ちこたえ、戦線を崩壊させずにいられるあたりに、彼ら3人の実力の程が伺えるのだが。
その後、私も辛うじて戦闘に復帰。一度「落ちた」ことで何かが変わったのか、そこからは実にスムーズな戦運びとなった。
2戦して2勝。チョーカーも砕けずに残ったものを一つ獲得。上々の成果と言えるだろう。終わり良ければ総て良し、ということにしておく。
その後、別の戦いを一つ潜り抜けたところで、私は彼らと別れた。
時間はまだあったが、たった数度の戦いで汗がびっしょりと額を覆っていたのである。
どうやら、まだ無理はしない方がいいらしい。ここでまた体調を崩したら元の木阿弥である。
とはいえ、ある程度闘えることは分かった。この分なら、少しずつ冒険に戻っていけるだろう。
マダンテやダークネスショットも、様々な相手に試してみたい。三悪魔はお世辞にもマダンテと相性のいい相手とは言えない。あのマジンガあたりなら、悪くないのではないか……。
想像の種はいくつもある。それを現実にすり合わせて開花させるのが冒険の醍醐味だ。
まずは無理をせず、しっかりと力を蓄えていくことにしよう。