私の机の上に、一篇の書きかけの日誌がある。
もう一月も前の日誌だ。
途中まで書いて、続きは後ほど……と行っている間に色々とあり、そのままになってしまったものである。
書き出しは、こうだ。
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『青空に大岩のような入道雲が悠然と浮かぶ。日の光を浴びた砂浜は白く輝き、波は穏やかだ。
よちよち歩きのプチアーノンが砂に絵をかき、波に消されてまた書き直す。ふわふわと現れたしびれくらげ先生が彼らを相手に漫談を始めた。
遠い沖には波の合間に、イルカ達の跳ねる姿が見える。白い飛沫を上げて弧を描き、優雅に水面を彩る。
この穏やかな海岸が、死闘への入り口になろうとは、誰が想像しえただろうか……』
……熟練の冒険者であれば、思い当たる節があるだろう。これはあの邪神……ダークドレアムとの決戦を綴った記録である。
経緯は省く。本題はそこではない。
我々は同盟を組み、新たな強敵へと立ち向かうことになった。重要なのは、そこだけである。
一人、また一人とスレア海岸に仲間が集い、武器を天に掲げる。我々は意気盛んに敵地へと乗り込んでいった。
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再び、経緯は省く。
我々は勝利した。
仲間たちと味わう勝利の味は、格別なものだ。
思い返せば、かつて災厄の王との決戦に挑んだ頃、単独行動を旨としていた私にとって、戦いは絶望的なものだった。
そこから様々な縁に導かれて仲間たちと出会い、今では彼らとチームを組んでいるのだから不思議なものだ。今回の同盟も、チームメンバーがメインとなって結成したものである。
思えば隔世の感がある。
何しろ、当時は同盟も組まずにたった1人で戦いを挑んで敗れ、意を決して同盟に参加した際も、最初は5人での出陣だったのだ。8人の仲間が集うまでの紆余曲折は、思い出せば懐かしくもあり、こそばゆくもある。
今では仲間と共に戦うことにも慣れ、それが当たり前になった。
だがその一方で、何か忘れていることは無いか?
疑念は以前から抱いていたものである。
それがこの戦いで、はっきりとつきつけられた形になった。
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写真左奥。これが、ダークドレアムに勝利した時の私の姿である。
ローブを身にまとい、杖を手にする。魔法使いの姿だ。
出陣した時、剣を掲げていた私は、戦いの中で幾たびも叩きのめされ、そのたびに戦術を変更。最終的には魔法使いとして戦い、勝利を収めた。
敵には相性があり、パーティにはバランスがある。仲間と敵に合わせ、職を変え武器を変え戦うことは、現代の冒険者にとって常識となりつつある。
それはいい。
だが、私は魔法戦士だ。
魔法戦士として戦って勝てず、あるいは苦戦し、魔法使いや賢者ならば楽に勝てる……思い返せば、そんな戦いは一つや二つではなかった。
そんな時はいつも、自分の足元がぐらりと傾くのを感じていた。それでも、冒険者として仲間に負担をかけず、勝利に貢献する。それが正しい選択だと思っていた。いや、今でも思っている。
だが……。
「……悔しいじゃないか」
口元からぼそりと声が漏れた。
仲間と共に勝利の美酒に酔う。酔いながらも私は、その美酒の奥にあるほろ苦い味を噛みしめていた。
舌の奥に絡みつく、かすかな苦味。そのちくりと刺すような痛みが、私に剣を取らせるのだ。
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どんな敵にも魔法戦士として問題なく戦えるだけの応用力を身に着ける。単純だがそれが次の目標だ。
勿論、仲間たちの状況に合わせて魔法戦士以外の職で戦うこともあるだろうが、別の職になる理由が、魔法戦士では勝てないから、ではいけない。たとえ相性が悪い相手だろうと、魔法戦士で勝つための方法を知っていなければならないのだ。
これまで以上に実戦経験を積む必要がある。そこで手始めに、強戦士の書、というわけだ。酒場で雇った仲間と共に行くのは、時間的な都合と、構成が自由に選べるからである。
勿論、雇った仲間と共に戦う場合と、チームメンバーや友人と共に戦う場合では勝手が違うが、それでも魔法戦士の持つ膨大な選択肢から、咄嗟に適切なものを選ぶための訓練にはなるだろう。
焦ってどうなるものでもないが、幸い、金策にもなる。次の時代が来るまではこれを繰り返し、少しずつ力をつけていくことにしよう。
……そんな風に、のんびりと構えていた私に、突然の不意打ちをかける影があった。
嘘から出たまこと。季節外れのエイプリルフール。
それは私を恐怖のどん底へと叩き落とす、黄色い悪魔の影だった。