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黄昏の色に染まった薄幕に、影が踊る。
華やかさと裏腹に、哀愁が溢れ出すのは何故だろう。懐かしい記憶が呼び起されるためなのか。影絵という芸術には、そんな雰囲気がある。
影は遠く、何も語らず、手の届かない場所で、ただ踊り続ける。
遠い、黄昏の世界で……。
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……などという感傷に浸る暇を全く与えてくれない三人組が、彼らレモンハルト一行である。
ある日、いつものように開いた強戦士の書に、奇妙な落書きがあることに気づく。首を傾げ、一瞬の間をおいて、理解が追い付く。
噂には聞いていたが……。私が戦い損ねた"ある強敵"との"再戦"が開催されているらしいのだ。
一つ、腕試しに、と軽い気持ちで、酒場で雇った武闘家一名、僧侶二名と共に戦いに挑む。劇場には、にこやかな表情で待ち受ける一匹のスライム。
これが死闘の幕開けだった。
躓きは、レモンハルトが魔界樹の葉でオレンじいを蘇生した時に始まった。
どうやら先にレモンを倒さねばならないらしい。
戦術を修正し、開戦直後、真っ先に私がレモンを叩く。この一発でターゲットをコントロールする。破戒王の時にも使った戦術だ。
次の躓きは、レモンが魔蝕を使い始めたことだった。求めるべきは耐性。酒場で仲間を厳選する。
三つめはレモンが仲間を呼んだこと。その名はマスカッ父さん。柑橘類ではないようだが、いいのだろうか?
どうにも気の抜ける名前が続くが、その全てが強敵だ。おまけに、揃いも揃ってフォースブレイクが効きづらいのが厄介だ。
兎に角、蘇生のできるレモンを倒さねばならない。
我々は必死の思いでレモンを倒す。だが次の瞬間、これまでになく高く分厚い壁が我々の前に姿を現した。
マスカットがメガザルを使い、命を犠牲にしてレモンを蘇らせる。蘇生の使い手はもう一人いたのだ。
すぐさまレモンがマスカットを蘇生する。オレンジが次々と回復の技を飛ばし、戦況は振出しに戻る。思わず、剣を取り落した。
これは、勝てる相手なのか……?
もはやレモンとマスカットを同時に倒すしかないのか。だが酒場で雇った冒険者に、敵を倒さずにターゲットを変更しろというのは無理な話だ。
せめてもの抵抗として、範囲攻撃と殲滅速度重視したメンバーを使うしかない。魔法使いを雇う、斧の使い手を雇う、アタッカーを二名に増やす……どれも功を奏さない。
私自身が賢者や魔法使いになるという戦術は無条件で却下。魔法戦士として上を目指すと誓ったばかりだ。あくまで魔法戦士で勝たなければ意味がない。だが、どうすればいい?
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出口のない迷路に彷徨いこんだ気分だった。絶望が心を蝕んでいく。八方が塞がり、世界は私を押し潰さんばかりに圧迫した。閉塞感。巷には勝利を喜ぶ冒険者たちの声。焦る。失った世界樹の葉は、既に40枚を超えていた。
心が折れかけた時、辛うじてそれを繋ぎとめたのは、先人たちが残した闘いの記録だった。
そこには、こう書かれていた。
メガザルは、全ての魔法力と引き換えに仲間を蘇らせる呪文である、と。
と、いうことは……メガザルは一度しか使えないということか。
……ようやく希望が見えた。
初心に戻り、メンバーは武闘家一名、僧侶二名。
まず、集中攻撃でレモンを倒す。
マスカットがレモンを蘇生し、レモンがマスカットを蘇生する。だが、この行動にはタイムラグがある。
マスカットが蘇る前にレモンを叩く、ターゲットコントロール・アゲイン! これでマスカット蘇生後もターゲットはレモンのままだ。
再びレモンを倒す。これで蘇生は打ち止めとなった。
後は、好きにすればいい。
消費した世界樹の葉が50枚に達するころ、ようやく私は勝利を手にすることができた。
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「こういうのもなかなか楽しいものだね。またやろうじゃないか」
レモンが爽やかに言う。私としては、二度とやりたくない。友人と共に挑むなら、やってみてもいいが……。
メダルにして100枚分も、世界樹の葉を失ってしまった。新しい時代に備えてため込んでおけ、と言われたメダルなのだが。ついでにいえば、盾を手放しても呪いを防げるように、装備も一つ購入してしまった。思わぬ散財である。
嵐のように吹き抜けたレモン旋風だが、過ぎ去ってみれば笑い話か。熱くなりすぎた気もするが、とりあえずはホッとしている。
結局のところ、大事なのは敵を知ること。たった一つの知識が戦況を覆すことを教えられた。
「強さだけではダメだということ、理解してくれたかな?」
レモンハルトが片目をつぶった。返す言葉もない。教訓として胸に刻んでおくことにしよう。
小さな強戦士たちに背を向ける。
黄昏のカーテンには、何事もなかったかのように、影が踊り続けていた。