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それは真っ青な星空の下、冷たい砂の大地を睥睨する無言の支配者のようだった。
古代アラハギーロの墳墓にして遺産。アルハリのピラミッドが私の前に静かにそびえ立っていた。
今も多くの冒険者が訪れるピラミッドだが、私が見ている景色はそれとは少し違う。主に、空の色が違うのだ。
こうして眺めてみると、青く染まった天の川が、かえって新鮮なものに見えてくるから不思議だ。適応力の高さは冒険者にとって第二の天性というが……紫色の星空に、慣れすぎるのも問題かな……?
アルハリの砂漠に空飛ぶ絨毯を広げ、冷たく乾いた風を突っ切り、ひた走る。今日の私はピラミッド観光に来たわけではない。
絨毯はやがて、蜃気楼のようにゆらめく影へと飛び込んでいく。影は一瞬、ゆらめいて消えたかと思うと、我々を取り囲み、両手を広げて襲い掛かってくる。
この真っ赤な陽炎は、名をホロゴーストという。この砂漠に住む魔物の一種だ。
砂漠を渡る隊商が度々彼らの被害に遭っており、前々から討伐令が出ていたのだが、冒険者にとっての旨みが少ない為、あまり積極的に狩られることはなかった。
しかし、フォースブレイクの宝珠を彼らが隠し持っているという噂が広まるや否や、事態は一転。世界中の魔法戦士が彼らを狙い始めた。かく言う私も、その一人である。
夜を通して、戦いは続く。
ホロゴーストはなかなかの強敵で、特にあらゆる理力に対して耐性を持つ点が魔法戦士には厄介だ。武闘家達にとっても、暗黒の霧が嫌らしい。
むやみにフォースは使わず、暗黒の霧は不撓不屈の精神で乗り切ってもらう。敵が複数の場合は私が片方を引き付けて武闘家を霧から守る。
魔物使いで獲物を呼ぶ方が楽かもしれないが、霧がこれ以上濃くなると、返って逆効果か……
「ハイ! それ以前に私がもちません!」
と手を挙げたのはリルリラ。確かに彼女の力では3体、4体の敵に対して戦線を支えきれないだろう。このままやるしかない。
砂漠を照らす星たちが徐々に姿を消していく。しらじらと空が白み、体が汗ばみ始める。そして灼熱の太陽が砂丘の先から姿を現したころ、ようやく一つ目の宝珠が手に入った。
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朝日を浴びて青く輝くそれは水の宝珠。残念ながら、この時点で外れとわかる。フォースブレイクの宝珠は「光」だ。
二つ目の宝珠は日が昇りきらない内に再び現れた。だがまたしても青い輝き。昼過ぎに手に入ったのも、また「水」。
「どうせなら、本当に水が手に入ればいいのにね」
リルリラが肩を落とした。げっそりとした溜息。彼女も疲れ切っている。水筒の水も魔法力も、心許なくなってきた。
私の方も似たようなものである。元来、ウェディは水辺に生きるもの。砂漠は専門外だ。
不安もある。なにしろ、この時期に広まった情報だ。誤情報もあるだろう。もし、フォースブレイクの宝珠を彼らが落すという情報自体が間違いだとしたら……?
燦然と輝く灼熱の太陽が身体から水分を、頭から平常心を奪っていく。
一方、無念無想の境地に達した武闘家たちは平然としたものだった。その精神は風に乱れぬオアシスの水を思わせる。これがエルトナに伝わるゼンの精神か。
私はリルリラの傍に駆け寄り、宙に魔法陣を描く。こんな時こそ、周囲の味方の魔法力をも満たせるようになったマジックルーレットの出番である。魔法陣が回転し、大気に漂う魔力を術者へと注ぎ込む……
……だというのに、何故私の傍を離れるのだリラよ。
「だってあっちで仲間が怪我してるのに、じっとしてらんないよ!」
どうも、これは味方との連携が難しい技のようだ。
結局魔法の小瓶に頼りつつ、二日目の夜を迎えるころ、ようやくホロゴーストは光の宝珠を落としたのだった。
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「紛れもなく、フォースブレイクの極意じゃ!」
再びオルフェア。達人の言葉に胸をなでおろす。プクッツォはニヤリと笑みを浮かべ
「お主はホロゴーストがこの宝珠を"落とした"と思っておるようじゃが、それは違うぞ。理力に耐性を持つ敵との戦いがフォースを新たな境地へと導く。これはその域に達した者の前にのみ、現れる宝珠なのじゃ」
と、言った。実に含蓄のある言葉だ。
だが、それが本当だとしたら……
「スカラベキングが落したスキャンダルの極意はどういう理屈になるのか?」
達人は一瞬、口ごもる。そして
「……ああ見えて、凄いらしいよ」
と、言った。実に胡散臭い言葉だ。
ともあれ、ようやく手に入れた念願の宝珠。さっそく石板に……
石板に……
「……はまらない」
かちかちと音を立てて石板と衝突する宝珠。穴の形が全く違う。
「探すのじゃ。それも修業じゃ」
達人への道は長く険しい。形の合う石板を求めて、今度はラッカランとのマラソンが始まるのだった。