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戦いは一方的なものだった。盗賊たちは次々に得意の爪を唸らせ、旅団の獣人達を蹴散らしていく。
私もまた、使い慣れた剣の代わりに鞭を振るい、魔物たちを次々と打ち据えていった。ヴォイドアンカーがひと撫でするごとに、魔獣が飛び退き、獣人が悲鳴を上げる。
数だけは多いが、魔物たちは統率されているとはいえず、特別な力を持っているわけでもなかった。
獣人達が逃げていく。あまりにも呆気ない。そう、予想外に……
「ハズレか……?」
周囲の敵を一蹴すると、私は胸の内で独りごちた。
ダルル盗賊団と行動を共にしながらも、この時の私の思考は、盗賊団の思惑とは別の場所をなぞっていた。
それだけに、次の一言は私にとって、奇襲となった。
「不満そうな顔だね」
と、背後から声をかけてきたのは短剣を構えたダルルだった。一瞬、息がとまる。気配を消して背中から近づくのは、盗賊の本能なのか?
「いや、歯ごたえの無い連中だと思ってな」
動揺を悟られぬため、あえて振り返らずに答える。
「なるほど」
ダルルは腕を組んだ。
「確かにいい腕だよ。アンタならどこかの国の兵士や金持ちの護衛役でも食っていけるだろうね」
そして彼女は意味ありげな笑みを浮かべて私を見上げるのだった。
「アンタみたいなのが、なんだってカタギの世界からあぶれてきたんだか」
笑みと裏腹の、刺すような視線。
「……ここじゃ、過去を探るのはご法度だろう」
「そういうことになってるね」
信頼できる相手ならね、と、彼女は無言のうちにそう言っているようだった。
女の感か、それとも裏社会を生き抜いてきた彼女の鋭い嗅覚が何かを感じ取ったのか、ダルルは新入りの私を完全には信頼していないようだった。
実際、それは正しいのだが……
苦笑し、私は首を振った。こういう相手に、嘘をつくのは得策ではない。私は一巡りほど前の出来事を思い出しながら肩をすくめた。
「上司にあたる男を殴ってしまってな。それでクビというわけだ」
上司にあたる男。その顔を思い出すと、余計に顔がにやけてくる。向こうは上手くやっているだろうか……
「嘘"は"言ってない、って顔だね」
彼女は鋭く言い当てた。これも、正解だ。私はあえて、とぼけた答えを返す。
「ここでは嘘つきの方が歓迎されるのかな?」
今度、肩をすくめるのは彼女の番だった。
「あたし達は正直なもんさ」
「なら、気が合いそうだ」
探り合いのスリルを味わいながら、油断のならない笑みをかわす。
ハードボイルドごっこも悪くは無いが……
のんびりと雑談を続けられるほど敵も優しくはなかった。再び獣人の一団が、数を増して我々の前に現れる。
「本当に、数だけは多いね!」
舌打ちして、ダルルが短剣を構え直す。
「こんなことなら、ドルワームの差し向けた助っ人を追い返すべきじゃなかったかもな」
私も鞭をしならせた。
「信用できないね」
ドワーフ娘は小さな首を左右に振った。
「お偉方なんてのは、ちょいと金を握らされたらそれで黙っちまう。元々薄ぼんやりとしか見えてない目を完全に瞑っちまうのさ。貰えるものは何でも貰うのが奴らだからね」
フン、と鼻を鳴らす。そして私のことを横目で見上げて、ニヤリと笑った。
「だけど、あたし達はそうはいかない。何故だかわかるかい?」
私も同じくニヤリと笑う。
「貰うより盗む方が好きだからだろう」
目配せ。口元の笑みが目元まで広がっていく。
「気に入ったよ、アンタ」
獣人たちが迫りくる。ダルルは鮮やかな短剣術でそれを迎え撃ちつつ、敵の懐へともぐりこんでいった。
「背中は任せたよ!」
ダルルは、はっきりとそう言った。タフな女だ。まだ私を疑っているだろうに、その言葉は掛け値なしの本音なのだ。
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「おう、任された!」
俊敏に飛び回る小さな影を追って、鞭がしなやかに舞い、敵を薙ぎ払う。私もこの女盗賊が気に入りかけていた。
故国の仲間たちがこれを聞いたら、どう思うだろうか。
私は何度目かの苦笑を顔に浮かべた。盗賊を気に入ったとは……
ヴェリナードに仕える魔法戦士として、あるまじきことである。