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遡ること約一か月。
旅団によるガタラ襲撃の報を受け、動いたのはダルル盗賊団だけではなかった。
ドルワームの王立騎士団もまた、事態を重く見て部隊を派遣していたのである。
だが、折も折、レンダーシアのアリオス王が主催する世界的な催しにウラード王が招待され、騎士団もその対応で充分な頭数を揃えられない状況だった。
留守を預かるラミザ王子の決断は、この人物にしては実に迅速だった。すなわち、同盟国に援軍を要請すべし。
こうして、我々ヴェリナード魔法戦士団の出番となった。
我々にとっても、この一件は注目に値すべき出来事だった。
魔物を操り、町を襲う。この手口は魔法戦士団の宿敵、魔物商人達が、"商品"のテストと裏社会へのアピールを同時に行う為の、常套手段だったからである。
もし、旅団の裏に魔物商人の影が潜んでいるとしたら……
魔法戦士団は騎士団に援軍を送る一方、事件の裏を探るため、捜査官をガタラに派遣したのだった。
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捜査は難航した。
自由を掲げるガタラの民は、たとえ善意からのものであれ、公権力の介入に良い顔はしなかったのである。
私の前任者は誠実な男だったが、少々気が短く、そして何よりガタラの事情に疎い男だった。
「事件なら盗賊団が解決してくれる」という住民の台詞は、彼の背びれをとがらせるには十分なものだった。彼にとって盗賊とは単に犯罪者を指す言葉に過ぎない。
捜査官は激昂し、口を極めて住民と盗賊達を罵った。
当然、このやり取りは盗賊団の耳にも届く。そしてこのガタラにおいて地下組織を敵に回して捜査をすることは、水も持たずに砂漠を徒歩で彷徨うに等しい行為だった。
かくして彼は何の成果を上げることもできず、引き上げることになる。
代わって送り込まれたのが、丁度トラブルを起こして任務を外されていた私、というわけだ。
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前任者には気の毒だったが、彼の失敗は良き道標となってくれた。
私はガタラの裏社会事情を調べ上げ、盗賊団に潜入。彼らと協力して事件を追うことにしたのである。
ダルル達の目を欺き、一介の盗賊を演じるのは難しい仕事だった。これに比べれば、旅団との戦いなど、赤子の手をひねるようなものだ。
獣人達が白旗を上げる。
縄で縛られ、引っ立てられてきたのは旅団の首領、チャムールというドワーフだった。
縛られてなお、反抗的な目つきを隠そうともしない。鼻息も荒く盗賊たちを睨みつけるその顔は、想像よりもずっと若い。少年と呼んでも良い年頃だ。
あれほどの事件の首謀者が、こうも若い男とは……。私もダルルも、驚きを隠せない。
だが、本当に驚くのはこれからだった。
「洗いざらい吐いてもらおうか」
盗賊の一人が凄むと、チャムールはふてぶてしく唾を吐いた。
「そんなに知りたきゃ教えてやるよ。義賊なんて名乗ってるお前ら偽善者どもにな!」
彼の身の上話は、私を大いに驚かせた。
彼の父親が、ガタラの英雄マスク・ド・ムーチョであったこともそうだが、それ以上に、彼の恨み節が以前、故国で聞いた言葉に瓜二つだったからである。
義賊として町長の悪政に抗い、町を救った父。だが、義賊であるが故に家族を救うことはできなかった父。
父は他人のために家族を犠牲にしたのだと憤る息子。
ため息。
国が違い、種族が違おうとも、親と子は同じ様にすれ違うものらしい。
そこまでなら気持ちも分かる。同情もできる。
だが……
怒りに燃えるチャムールの瞳に、私は冷ややかな一瞥をくれてやった。
「そんな父へのあてつけのために、わざと他人を傷つける押し込み強盗を働いたというわけか」
かつてヴェリナードに仕えていた衛士の顔が脳裏に浮かぶ。何故、そんな所まで同じなのか!
「ああ、そうさ! これで盗賊の評判はガタ落ちになる。義賊を気取ってたあいつの評判もな!」
「迷惑だ。やめろ」
ぴしゃりと鞭を鳴らす。鼻息も荒く睨みつけるチャムール。私は氷の眼差しを崩さずに、その怒りを見下ろした。
「要はお前の気持ちの問題だろうが。そんなことに他人を巻き込むな、馬鹿め!」
魔物に襲われたガタラの町は大混乱に陥った。死者が出なかったのは幸いだが大小の怪我人は出たし、女子供は迂闊に外を歩けない。単なる感情の発散のためにこの結果を生んだ男に同情の余地などないのだ。
「お前に……俺の気持ちが分かるか!」
「私には被害者の気持ちの方が大事でな。貴様の気持ちなど知ったことではない」
怒りか屈辱か、チャムールの肩はプルプルと震え、食いしばった歯の間からしきりに息が漏れる。明らかに平常心を失っているようだ。
……いや、正直に言おう。
私もまた冷静ではなかった。
あの愚かな衛士の顔がチャムールの丸顔と重なり、私はこみ上げた怒りを感情のままにぶつけていたのである。