興奮した私を我に返らせたのは、盗賊たちの視線だった。洞窟の薄闇から走る、無数の眼光。光とも闇ともつかぬ灰色の視線が、私に突き刺さった。
それが何を意味するのか、この時の私にはわからなかった。
ただ、ふっと怒りから醒め、目の前で怒りに打ち震えるチャムールの姿を見て、自分の役割を思い出しただけだった。
そうだ、任務に戻るのだ。興奮した若いドワーフは、いかにも与し易い相手に思えた。私は慎重に言葉を選びつつ、自らの任務を遂行した。魔法戦士団より派遣された、捜査官としての任務を。
「そんな様子じゃ、人望も無さそうだ。あの魔物たちもどうせ、どこかからの借り物だろう?」
魔物商人が事件に関与しているのかどうか。それを調べるのが私の仕事だ。
わざと怒らせ、興奮させ、判断力を失わせたうえで最も重要な質問をする。タチの悪いインタビュアーの常套手段だが、この手法は尋問にも度々応用される。
もっとも、今回のは偶然だが……。
果たして、彼の裏に魔物商人の影はあるのか?
ドワーフの青年は怒りのままに口を開いた……かにみえたが、そこで一瞬、息を詰まらせた。
そして、熱に浮かされたように虚ろな瞳で、ぽつりとつぶやく。
「ギャズモン……」
ギャズモン? 魔物商人の名か!?
だがチャムールは突然、虚空を見上げると、何かに呼びかけた。
「ギャズモン、俺にもっと力をくれ!」
次の瞬間、炎が彼の身体を包んだ。続いて、漆黒がドワーフの小さな体を覆う。
「何だ!?」
盗賊たちが浮き足立つ。炎に縄は焼き切られ、チャムールは異形の黒影となって我々を見下ろした。つい先ほどまでの、小柄なドワーフの視線ではない。ウェディの私が見上げねばならないほどの、巨体!
彼が軽く腕を薙ぎ払うと、取り囲んだ盗賊たちが一薙ぎに吹き飛ばされた。
私はとっさに背後に飛び、武器を構える。今や、チャムールの肉体はオーガと並ぶ、いやそれ以上の巨躯となっていた。
そして、足元には四本の脚。私の眼前に立つのは、人頭獣身の怪物である。
「ギャズモン……これが俺の力か!」
チャムールが呟く。彼の背後に、ちらりと黒い炎が見えた。その炎が、嗤ったように見えた。
魔性の炎。ギャズモンとは、あの炎のことか。
問いただす暇も与えず、チャムール四つの脚を唸らせ、一跳びに囲みを突破すると、一目散に洞窟の外へと逃げていった。あまりの驚きで、私も盗賊たちも、追う足が一歩、遅れた。
その一歩は、彼に脱出の時間を与えるのに十分な遅れだった。
チャムールを追って洞窟を出た我々は、無駄と知りつつも周囲を探し回った。
私の双眼鏡が迫りくる一団を捉えたのは、その時だった。
「新手かい!?」
「奴が騎士団と手を組んでいたとしたら、そういうことになるな」
ダルルの手元に双眼鏡を投げてよこす。レンズを覗き込んだダルルの目には、砂煙をあげて押し寄せるドルワーム王立騎士団の姿が映っているはずだ。
「どうやら奴らの目も節穴じゃあなかったらしい」
もちろん、彼らにこの場所を教えたのは私なのだが……それを口にするほど私もお人好しではない。
「フン……今更ノコノコと……」
うんざりとした顔で、ダルル。
「鉢合わせたら面倒だ。野郎ども、引き上げるよ!」
号令に従い、盗賊たちは影の中へと消えていく。
私もまたその陰にまぎれた。
ただ一人。ダルルだけは、しばらくその場を動かず物思いにふけっていたようだった。
「マスク・ド・ムーチョの息子が、ね……」
ダルルは振り返り、寂しげな瞳を夜の彼方へと泳がせた。
灰色の雲が夜空を覆う。月は半ば翳り、星は虚ろな眼差しを、土の民へと投げかけていた。