再び、岳都ガタラ。町はずれの酒場は今日も賑わう。陽気な酔客達はグラスを鳴らしてメロディなき曲を奏でる。
その酒場の奥、常に影のかかったテーブルに頬杖をついたダルルの姿を見つけることができる。
彼女と盗賊たちは、あれからほうぼう手を尽くしてチャムールの行方を追っている。ドルワーム王立騎士団も同様だ。どちらが先に見つけるか、これも面子のかかった勝負である。彼らの面子を重視することといったら、誇り高き騎士たちに勝るとも劣らない。
「あの英雄、マスク・ド・ムーチョの息子の不始末だ。あたし達盗賊の手で片を付けなきゃいけないんだ」
ダルルは静かに、しかし燃える瞳でそう言った。盗賊たちは士気も高く、敵の行く手を探り始めた。

その空気に、一人取り残されているのが私である。
奇妙な疎外感だった。何気ない会話が、どこかよそよそしい。
もっとも、それは私の思い過ごしに過ぎないのかもしれない。
もとより、盗賊たちは私にとって同志ではない。事件の真相を探るため、身分を隠し、名前すら偽って仮初めの友情を演じているにすぎないのだ。
そして潜入捜査における私の任務は、ほぼ終わったと言っていい。事件の黒幕はチャムールがギャズモンと呼んだ魔物であり、魔物商人の関与は無かった。
残る任務は盗賊団の掴んだ情報を王立騎士団に流す諜報活動だけだが、それももう十分だろう。チャムールがどこに逃げようと、捕まるのは時間の問題に思えた。いつ離脱しても良いという許可も既に得ている。
もう、彼らに用は無い。
自分の中の怜悧な思考が、ちくりと刺さる後ろめたさと共に、有りもしない溝を私に見せているのかもしれなかった。
そんなある日、私はヴェリナードの連絡員と会うため、単独行動をとっていた。
もっとも、単独、というのは表向きのこと。私は敏感な背びれに、突き刺さるようないくつかの視線を感じていた。
盗賊団からすれば、未だ新入りに過ぎない私が誰かに会う、となれば、監視の目を光らせるのも当然のことである。故に連絡員とのデートは、少々趣向を凝らす必要があった。
品の良いレストランの角の席で、着飾った服の襟もとに手をやり、若干そわそわした雰囲気を装いながら私は待ち続けた。
遅れてきた恋人のように入り口から手を振って、小走りに駆け寄ってきたのは、細く小柄な……この町の住民と比べればそれでも大きいが……シルエットだった。
「おごりだよね」
と、彼女が椅子に座ると、開口一番、これである。やれやれ、ムードも何もお構いなしだ。私は天を仰いだ。
「いいでしょ、遠路はるばる会いに来てあげたんだからさ」
エルフのリルリラはウインクを飛ばしながら料理のメニューを開いた。彼女が連絡員である。
リルリラは私の個人的な友人で、魔法戦士団員ではない。メッセンジャーガールとしては適任というわけだ。
「だが目立たないように、と言われたろう」
彼女の服装に顔をしかめ、小声で囁くと不機嫌な声が帰ってきた。
「オシャレしないとかえって目立つでしょ。こういう場所じゃ」
上品なクラッシックの演奏は彼女の言葉を肯定する。が、彼女の恰好がオシャレと呼べるものかどうかについては、一考の余地がある。

左右で色を塗り分けた奇抜なワンピースドレスは、本来、プクリポ用にデザインされたものだ。道化師を思わせる青と紫のツートンカラーを白と黒に染め直し、奇抜さとクールさを両立させた、というのが彼女の主張である。
「これぞ、進化したスタンダード!」
得意げに平坦な胸を張る。

進化したモーモンという言葉は禁句だろうか。まあ、禁句なのだろう。
しばらく、他愛もない話で時間をつぶす。街を歩き、展望台に行ってみたりもする。観光にやってきた娘と、それを案内する友人。誰の目から見ても、そう見えるはずだ。
そしてガタラ原野に沈んでいく美しい夕陽を見つめながら、そっと手を繋ぐ……。私は背中に張り付いていた監視の目が緩むのを感じた。こういうシーンをまじまじ眺めているほど彼らも野暮ではないのか、あるいは追い回すのが馬鹿らしくなって帰っていったのか。
どちらであっても狙い通りだ。私たちは手を繋ぐふりをして、お互いの掌に隠した小さな指令書と報告書を交換した。今日の"お仕事"はこれにて一件落着というわけだ。
私は手を振ってリルリラと別れると、壁に背を預け、渡された手紙を開いた。
次の瞬間、二つの衝撃が私を襲った。
一つは、手紙の内容。
そしてもう一つは、視界の端に捉えた風景。
小柄なドワーフ女が、リルリラの去っていった方角へと、一直線に向かっていくではないか。
まぎれもなくダルルだ。彼女は監視の目を解いてはいなかったのだ。
してやられたか……?
沈みかけた太陽が景色を赤く染め、焦燥を掻き立てた。