私が後を追うと、ダルルは既に詰問を開始したところだった。
「何を渡したんだい? アイツに」
リルリラは、わけがわからないといった表情で首をかしげた。
「私が私の友達に何を渡したのか、アナタに教えなきゃダメかな?」
「今はウチらの身内なんでね」
低く押し殺した声が、小さな喉から響いた。
「こう見えてもあたし達は臆病でね。特に怖いのは、内側に仕掛けられた針さ。身のこなしに自信があっても、こいつは避けられない」
「……手紙だよ。ただの手紙」
「何の手紙かって、訊いてるのさ」
ダルルが迫る。エルフは困ったように宙に目をやった。
「言わなきゃダメ?」
「言ってもらうよ」
女盗賊はエルフの喉元に、ナイフのような言葉を突きつける。緊迫。
一方リルリラは、はあ、と溜息をつきながらそっぽを向いた。
そして口を尖らせて、こう言った。
「ラブレターに決まってるじゃない」
「はあ?」
場違いな言葉に、張りつめた糸が一瞬、緩む。
「野暮なんだから」
不機嫌そうに彼女はポケットに手を突っ込んだ。その動作があまりに自然なものだったために、ダルルは静止するのが一瞬遅れた。
次の瞬間、エルフは転移石をポケットから飛び出し、空の彼方へと消えていった。
「……!」
女盗賊は呆然とそれを見送る。
ほっと胸をなでおろした私は、ギラリと怒りを宿す瞳で振り返った彼女と目が合った。
どうやら、私の追跡には気づいていたらしい。
観念する、と両手を挙げながら、私は手近な酒場に彼女を誘った。
どの道、彼女の手を借りねばならないのだ。
私のポケットに収まったヴェリナードからの指令書が告げていた。事態は急を要する、と。

そこはこじんまりとした、趣味のよい酒場だった。バーテンダーがリズムよくカクテルをシェイクする。宵の入り、まだ客は多くなく、演奏を始めたジャズ・バンドの静かな曲が店内に心地よく響いていた。
カウンター席に並んで座り、ライムの香り漂うギムレットが届くと、沈黙を保っていたダルルが口を開いた。
「随分物騒なラブレターだったらしいね」
口元には油断ならない笑みが浮かんでいた。私は作り笑いを浮かべてその牽制を受け流す。
「次に会う時の贈り物をねだってきた。まったく、手のかかる我儘娘だよ」
そして私は意味ありげに一呼吸おいて視線を送る。
「探し物が一つ増えたということさ」
「ふうん」
何気なく、しかし鋭くダルルは目を光らせた。裏社会で生きてきた女の嗅覚は私の謎かけを見逃さなかった。
「何を探してるんだい」
剣呑な光が瞳に宿る。冷たいグラスが口元に触れた。
舌を刺すギムレットの痺れるような味を飲み込んで、私は小さな女盗賊に視線を返した。
指令書が語ったのは、私がトラブルを起こして外された、一つ前の任務のことだった。「上司にあたる男」の顔を思い浮かべる。万が一にも彼がしくじることはないと思っていたのだが、それだけに事態は深刻である。
鍵を握るのは……
「蛇、だな」
「蛇?」
「探せば探すほど闇に隠れて見つからない。だが目をそらした途端、どこからともなく忍び寄り、鋭い牙で刺し殺す。猛毒の白蛇だ」
「白蛇」
「海辺では魚たちも蛇を探している。帽子をかぶった海の気取り屋たちさ。だがウミヘビはともかくとして、陸に逃げた蛇は探しにくい。テリトリーの外だからな」
「……ふうん」
ダルルは呟いて手を顎に当てた。
彼女は私がわざと情報を漏らしていることに気づいている。それは手のひらを広げて見せる行為に似ていた。
しばしの沈黙。
そして私の隠し持つ刃が自分たちに向けられたものでないと理解すると、彼女の瞳から警戒の色が薄れ、もう一つの色が浮かび始めた。女盗賊は自嘲的に笑った。
「蛇の道は蛇、か」
「蛇が毒蛇ばかりとは限らない」
「それでも蛇は蛇。そうだろ? 気取るつもりは無いよ」
ダルルは軽くグラスを傾けると、触れない程度に私のグラスに近づけた。合わせて私がグラスを近づければ、彼女のグラスは退いていく。音のない乾杯。空気の壁に阻まれた。
ああ、なんと煩わしいことか。
だが全てを打ち明けてしまえば、その瞬間、私はダルル盗賊団にはいられなくなるだろう。片や演じ、片や探るゼスチャア・ゲーム。正解を言い当てた時、蜜月は終わるのだ。
「わかった。蛇を見かけたら教えるよ」
ダルルは静かにうなずいた。ただし、
「このヤマが片付く頃にね」
と、付け加えるのも忘れなかった。
「それまで、私が君に嫌われていなければ、か」
ダルルは肯定の笑みを浮かべた。
これで私は以後の諜報活動を封じられた形になる。牽制と取引。苦い味。
隣り合う二人がギムレットを口に注ぐ。
店に響く小気味良いジャズのビートと後に残るライムの香りが、とびきり辛口のアイロニーを彩った。